Xにおいて、「私を構成する9つのゲーム」というものを見かけまして。
それで私も、ちょっと考えてみようかと思いました。
「私を構成する」ということなので、これは自分にとってのベストゲームであるとか、単に点数の高い作品であるとか、好きな作品を挙げるとかというのは、ちょっと違うかなと思ったわけでして。
どうやって現在のkatanという人間ができあがったのか、今日の私を作り上げた作品という観点から挙げてみたいと思います。
9つと言いつつも、結局絞り切ることができず、日本語で遊べる作品9本に番外編として日本語版のない作品1本を加えた10本とさせていただきました。
お時間のある方は、せっかくなので、本文を読む前に、私がどういう作品を挙げそうか、ちょっとだけ考えてみてから、読んでいただければと思います。
北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ
まず1本目は、ファミコン版『北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ』(1987、ファミコン)になります。
ゲーム自体は83年からPCでもファミコンでもプレイしていました。
しかし、本格的にADVにはまったキッカケとなると、ファミコン版『北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ』になるのでしょう。
そのため、この作品だけは、特別な想い入れがありますね。
ファイナルファンタジー3
2本目は、『ファイナルファンタジー3』(1990、ファミコン)になります。
巷で流行したジャンルがあったとしても、イマイチ自分に刺さらないとか、楽しさが理解しきれないってことは、誰しもあるかと思います。
RPGは、今ではADVと並んで好きなジャンルですが、当初はそれほどでもありませんでした。
ドラクエブームとかも、若干醒めた目で見ていたくらいですし。
そんな私が、本格的にRPGにはまったキッカケとなった作品が、『ファイナルファンタジー3』でした。
この作品をプレイしたことにより、その後、RPGに本格的にはまっていくこととなります。
ちなみに、初めて秋葉原で購入した作品でもありまして。
90年代はアキバに足しげく通ったものですし、そこでの経験も得難いものといえるでしょう。
そのアキバデビューとなったという意味でも、想い入れが強い作品です。
RPGのマイベストは『ゼノギアス』ですし、FF内では『ファイナルファンタジー10』となるのですが、私に影響を与えたという意味では、やはりこの作品となるのでしょう。
同級生
3本目は、『同級生』(1992、PC98)になります。
私は、ゲーム自体は80年代からプレイはしています。
とはいえ、実のところ80年代は、それほどゲームを優先してはいなかったと思います。
どちらかというと、小説を読むこと等を優先していたので。
ただ、次第に、小説や漫画等では体験できない物語表現はないのかと考えるようになりました。
そのような視点を重視することから、私はADVにおいても、ゲームデザインというものを非常に重視しています。
その物語を最も効果的に表現するには、どういう表現方法が最適なのかということですね。
『同級生』は、初プレイ時も楽しかったのは間違いないですが、むしろブログを始めることにより、ADVの構造やゲームデザインというものを検討するようになったことで、再評価により評価が上がった作品でもあります。
ADVにおけるゲームデザインという観点から作品の魅力を考えるたびに、この作品の凄さに気付かされ、新たな発見が生まれました。
それらを何とか言語化しようと、何度も記事を修正した作品でもありますね。
ADVという、とかくストーリーさえ良ければ評価されがちなジャンルにおいて、それが全てではないのだと、ADVのゲームデザインを考えるうえで、今の私の原点となっている作品ですね。
MYST
4本目は、『MYST』(1994、PC)になります。
これはもう、『MYST』と出会えていなかったら、私は90年代でゲームを引退していたと思うし、そもそも、このADVGAMERというサイトも存在しなかったでしょう。
いつの間にか、アダルトゲーム専門サイトみたいになっていったけれど、本来はこの頃のMYST系作品であるとか、インタラクティブムービー系の作品を紹介したくて、ブログを始めたようなものですからね。
そういう意味では、今の私を構成している作品の中でも、最も影響が大きいともいえるでしょう。
『MYST』に出会い、洋ゲーのADVというものに興味を持つようになりました。
そして、WIN95時代には、日本語移植された作品の多くをプレイしたと思います。
ADVが一番進化した時期でもあり、『アトランティス』『殺意の証明』『ラストエクスプレス』『レガシーオブタイム』等、90年代後半のWIN95用の洋ゲーをプレイしていた時が、私のゲーム人生の中で、最も楽しく幸せでしたね~
余談になりますが、ゲームバンクの移植するADVは、パッケージとか附属品も豪華でした。
そのため、作品をコレクションするのも楽しかったわけでして。
結果として、他の作品は手放しても、この時期のゲームバンクの作品は手放す気になれません。
作品は中身だけではないのだと、パッケージ等も含めて、商品全体としてどれだけ購入者を満足させられたのかという観点を持つキッカケとなりました。
闘神都市2
5本目は、『闘神都市2』(1994、PC98)になります。
このようなストーリーが世の中に存在するのかと、非常に衝撃を受けたものでした。
これこそ18禁だからこそ作ることができた物語であり、こんな作品をプレイしてしまったら、もうゲーム機のゲームには戻れないのでは、とすら思った作品でした。
私は、少年漫画で表現できる物語は少年漫画でやれば良いと思うし、アダルトゲームで出すなら、アダルトゲームであることの意義を感じられる作品を高く評価しがちです。
「物語を最も効果的に表現する」とは、様々な観点が含まれており、『同級生』の場合は、ゲームデザイン的な観点での話でした。
『闘神都市2』の場合は、もっと根本的な部分で、物語の発表の場として何が最も相応しいのかという観点ですね。
つまり、小説、漫画、アダルトゲームなどいろいろある中で、なぜその媒体を選んだのか、その媒体を選ぶことの必要性等を、より意識することになったといえるでしょう。
ちなみに、私の最も好きなブランドはアリスソフトであり、ゲーム人生における青春の象徴はアリスソフトだと思っています。
その中でも、さらに象徴的な作品となると、本作かなと思っています。
この世の果てで恋を唄う少女 YU-NO
6本目は、『この世の果てで恋を唄う少女 YU-NO』(1996、PC98)になります。
これはもう、今回は詳細は省略しても良いでしょうか。
私が本作を外すと思った人もいないと思います。
P&C式ADVの最高到達点であり、いくら語っても語りつくすことのできない作品でしょう。
あちこちで語られているのに、きちんと分析しきれているものは未だにないことから、生涯をかけてこの作品を分析し続けるのもまた、一興かもしれませんね。
7本目は、『Kanon』(1999、WIN)になります。
ゲームをプレイしていて泣く。
経験をしたことのない人には、一体何のことだか分からないでしょう。
年々、感情を揺さぶられることは少なくなっていきました。
小説でも漫画でも映画でも、本当に感情を揺さぶられることはないのではと思っていただけに、テキストと絵と音が組み合わさることで、ここまでの破壊力が生まれるのかと衝撃を受けました。
巷では泣きゲーの元祖であるとか、泣きゲーを確立した作品と呼ばれる本作。
その本当の価値は、字面だけで判断すべきではないのでしょう。
大人の童話ともいえる本作のような作風は、今のkeyであればオリジナルアニメで実現することも可能でしょう。
また、実績がなくても、今なら漫画でも小説でも、ネットで公開するという表現の場があります。
しかし、90年代のこの時期、この物語を世に出す手段がアダルトゲーム以外に存在したのか。
この当時、この物語を世に出すには、アダルトゲーム以外にはありえなかったと思います。
その意味で本作もまた、アダルトゲームという媒体を最大限に活かしたといえるのでしょう。
PC98時代までのアダルトゲームは、今よりずっと自由で、エロさえ入れてあれば何をやっても許される的な雰囲気もありました。
そういう他の媒体ではできない自由さが、アダルトゲームの魅力でした。
本作は、そのアダルトゲームの持つ自由さを、アダルト性を抜きにして活かしきったという、稀有な作品だったのです。
以後、この物語はアダルトゲーム以外では実現しえないのかということを、アダルト性の有無だけではなく、もっと広い視点から捉えるべきだと考えるようになりました。
さて、この作品を通じて語るべきことは、もう1つあります。
ノベルゲームがADVの大半を占める今日において、それにもかかわらず、今のノベルゲームと、この頃のノベルゲームとでは、まるで別物といえるくらいに違うところがあります。
それが音声の存在です。
これは単に音声があるかないかの話ではありません。
書き言葉と話し言葉は異なるのであり、読むことを前提にしたテキストに、安直に音声を付けてもバランスが崩れるだけなのです。
音声を付けるのであれば、テキストをすべて書き換えるくらいでないとダメなのです。
また、当時のこだわりのあるクリエイターは、クリックで表示される文字数やテンポ等も考えて作品を作っていました。
そのクリエイターのこだわりも、安易に音声を付けてしまうことで、崩れてしまうのです。
さらに、keyのようなサウンドがずば抜けているブランドの場合、音声をサウンドに被せることで、作品の持つ魅力が損なわれてしまいます。
本作の移植版をプレイすることで、安易に音声を付けた移植版がオリジナルと別物になってしまうことをあらためて感じました。
こういう経験があるからこそ、作品を語るには、オリジナル版をプレイしなければという意識が強まったといえるでしょう。
The Longest Journey
8本目の前に、番外編として、日本語版未発売の作品から、『The Longest Journey』(1999、WIN)を挙げます。
この作品は、ある意味、最も今の私を作り上げたといえる作品なのかもしれません。
オリジナルはノルウェーの作品であり、英語版が発売されたのは2000年になります。
そのため、世界的な知名度があがったのも2000年からといえるでしょう。
当然のことながら、私がプレイしたのも英語版になります。
TLJを知ったことで、本格的にADVの本場である海外の作品を意識するようになり、プレイするようになりました。
今でこそ、すぐにメタスコアが~とか言い出す人も増えましたが、当時はそんな人は皆無に近かったです。
ただ、私は、この時期、とにかく海外のADVサイトを読みふけっていたように思います。
英語のサイトが中心ではありましたが、ドイツ語のサイトで凄く網羅的なデータベースがあり、ドイツ語を調べながら、未知の作品探しをしていました。
視野を広げて世界を探せば、自分の知らない面白い作品がゴロゴロといくらでも出てくるのです。
何と幸せなことでしょうか。
この時の私の興奮が分かってもらえるでしょうか。
そして、素晴らしい作品を知るだけでなく、ADVの面白さとは何ぞやということを、感情ではなく構造で語るような素晴らしいサイトにも出会えました。
そこで得た知識や考え方が、その後の私の作品に対する評価や考え方につながっていったといえるでしょう。
ちなみに、そういう経緯があるので、私は、自分で何か新しいことを言い出したという意識は全然なく、先人の考え方を受け継ぎ、各作品に当てはめたくらいの気持ちしかありません。
この時期に蓄えた知識等が、後のkatanという人物を作り上げたことは間違いないのでしょう。
月姫
8本目は、『月姫』(2000、WIN)になります。
視野は、外にだけ向ければ良いというものではありません。
一方で海外の作品に目を向けつつも、他方で国内のもっと狭いところにも目を向ける。
それが、国内の同人市場になります。
同人ゲーというのも、実のところ、80年代のPC88の頃から存在はします。
また、面白い作品もありました。
ノベルゲーにしても、一般的な知名度が高くなったのが90年代というだけにすぎません。
したがって、80年代の同人ゲーを探せば、ノベルゲーもいくらでも出てきます。
ただ、そうは言いつつも、私は心のどこかで、同人ゲーを商業ゲーよりも一段低く見ていたのでしょう。
それなりに面白い作品もあるし、名作と呼べる作品もあるかもしれない。
しかし、所詮は同人、傑作と呼べるほどの作品までは出てこないって。
その私の偏見を打ち壊し、同人ゲーにもアンテナを張っていかなければならないと価値観を変えざるをえなかったのが、本作といえるでしょう。
今回の作品の中に本作を入れるかどうかは、最後まで悩みました。
上記のとおり、本作以前にも面白い同人ゲーはいくつもあります。
また、私が本格的に同人ゲーを面白いと思い始めたのは、もう少し先のことになります。
『ひまわり』の発売された2007年とか、その頃から素晴らしい作品が増えていった感がありますし。
しかし、明確に同人市場というものにアンテナを張りだしたのは、『月姫』以降であるという事実からすると、私の意識や行動に与えた影響としては、やはり本作なのでしょう。
神無ノ鳥
9本目は、『神無ノ鳥』(2002、WIN)になります。
世界に目を向けた、地下にも目を向けた。
それですべて見渡したかのような気になりかけていましたが、見えているはずなのに、あえて見ないふりをしていた未開の地が残っていました。
それが、女性向け市場です。
女性向け作品も、細分化すればBLゲーと乙女ゲーとに分かれるのでしょうが、乙女ゲーは遅れて発展したこともあり、初期の女性向け作品というと、どうしてもBLゲーという印象になりがちです。
BL自体には、特に興味はなかったのですが、面白い物語であることに、男性向けも女性向けも関係ありません。
女性向けだからといってプレイしないのは、偏見でしかないのでしょう。
本作をプレイして思ったことは、これは、BLゲーでしか実現できない物語だということでした。
そんな作品をプレイさせられたら、BLゲーという媒体を存分に活かした作品の存在を知ってしまったら、女性向け作品も追わざるをえないでしょう。
ゼロ年代に入ると、ゲーム機のオリジナルADVは勢いがなくなっていったことから、私のメインの柱は、アダルトゲーム、同人ゲー、女性向けの3本柱となっていくのですが、その基本姿勢は、この頃にできていったということですね。
小括
というわけで、9+1本の紹介となりました。
繰り返しますが、ここで挙げた作品が、そのままマイベストとなるわけではありません。
また、2003年以降も、名作や傑作と呼べるような作品はいくつもあります。
とはいえ、私の考え方や行動を作り上げた作品となると、今回のような並びになるでしょうか。
この本数だと、どうしても大局的な観点での作品選びしかできないので、作品数を倍とかにすると、また違った濃い作品も挙げられるかもしれませんね。
Last Updated on 2026-03-21 by katan










コメント
長文の編集本当にお疲れさまでした。
影響を受けたゲームということで楽しく読ませていただきました。
以前のサイトで、トップ画面の右下に高得点のゲームが並んでいて、それが選ばれると思っていたので意外でした。
>pc98 yunoさん
移転前のトップ画面に並べていた作品は、私の個人的なお気に入り作品や、皆さんに知ってもらいたいと思っている作品ですね。
主観だけの、私の好きな作品という基準であれば、その作品を挙げていたと思います。
高評価の作品、主観的に好きな作品、影響を受けた作品は、一部重なる作品もあるものの、異なるところも多いですね。