千の刃濤、桃花染の皇姫

2016

『千の刃濤、桃花染の皇姫』は2016年にWNI用として、AUGUSTから発売されました。

エロゲのジレンマというか、在りかたについて少し考えさせられた作品でしたね。

<概要>

ゲームジャンルはノベル系ADVになります。

あらすじ・・・
歴史の果てまで、貫く忠義。
豊葦原瑞籬内皇国──通称《皇国》と呼ばれるこの国では、天津民とまつろわぬ民が争い合っていたという。
天津民は神に祈りを捧げ、神は娘の《緋彌之命(ひみのみこと)》を地上に遣わした。
緋彌之命は天津民を率い、三種(みくさ)の神器を用いてまつろわぬ民を封印する。
救世主となった緋彌之命は王に迎えられ、天津民は大いに繁栄した。
これが、豊葦原瑞籬内皇国のはじまりと言われている。
それから約2千年、皇国は緋彌之命の子孫が代々治めてきた。
長い歴史の中で幾度となく侵略に晒されながらも、国土は一度として汚されていない。
しかし、皇国の不敗神話は突如として終わりを迎えた。
皇国歴2173年、皇国はオルブライト共和国に敗戦を喫してしまう。
敗戦から3年経った今もなお、皇国民の怒りは皇都・天京に渦巻いていた。

<感想>

本作は、オーガストのストーリー重視作品になります。
オーガストはキャラ重視の作品がほとんどなので、同系統の作品となると、どうしてもユースティアが比較対象になりやすいのでしょう。
そしてユースティアに比べると本作はこじんまりとしているので、ユースティアの熱烈なファンほど、本作は物足りなく感じるように思います。

もっとも、それじゃあ本作はユースティア以下なのかというと、必ずしもそうでもないと思っています。
というか、私はユースティアがつまらなくてね、眠気を抑えるのに必死でしたし。
本作は、他所のエロゲのように無駄な日常から入るのではなく、最初から本題に入っていき、目的もハッキリしています。
そして従来の8月作品からエフェクトが更に進化し、加えてテキストもテンポ良く進んでいくことから、読んでいて最初から物語に入っていきやすかったし、だれることなく楽しめるのです。
キャラ目当ての人やユースティアと同じものを求める人には、本作は向いていないのでしょうが、単なるキャラだけの作品ではなくストーリー性も求めたい、でもユースティアはだるかったというような人であれば、本作は十分に楽しめるように思うのです。

というわけで、個人的には結構楽しかったのですが、その中でいろいろ思うこともありまして。
エロゲそのものについても、ちょっと考えさせられた作品でした。

<ゲームデザイン>

上記のように、本作はストーリー重視作品になります。
より具体的に言えば、宮国朱璃の物語なのでしょう。
だから朱璃のルートはメインで充実しているのだけれど、他のヒロインの個別ルートは非常に短いです。

他のヒロインの個別ルートが短いから駄目と思う人もいるかもだけど、そういう批判は妥当ではないのでしょう。
いわゆるシナリオゲーにエロ薄いから駄目と言っているのと同じで、ストーリー重視の本作に対し他の個別ルートが薄いと批判するのは、筋違いなのです。
ストーリー重視の作品はメインのストーリーが充実していれば、それで十分なんですよね。

まぁ、8月というブランドは、元々はキャラ重視の作品が多く、それでファンを拡大していったブランドですからね。
初期からのファンが従来の路線に戻すことを願い、それで一見的外れにも見える個別が短いから駄目という表現を用いて、婉曲的に次はキャラ重視に戻してねって旨を主張しているのであれば、それならば十分理解できます。

もちろん、個別ルートが弱いことは事実なのでしょう。
出来云々以前にボリュームも少ないですから。
そして、ここで問題になるのは、作品全体の構造なのです。

世間でノベルゲーの名作と呼ばれるものの中には、最後までやれば面白いからっていう作品があります。
しかし、最後までやらなければ面白さが伝わらないのでは、ハッキリ言って、その作品は駄目でしょうに。

これまたエロゲでよくある構造として、個別ルートを全部クリアしてからでないと、グランドルートをプレイできないという作品が挙げられます。
そういう構造の作品の場合、仮にグランドルートの出来が最高だとしても、それをプレイするために個別ルートを全部プレイしなければならないし、その個別ルートに弱い部分が含まれている場合には、プレイしていて苦痛を伴います。
そうなると楽しめない時間が必須条件として課されるわけだから、減点されても仕方ないと言えるでしょう。
一時期オールクリア必須のノベルゲーが流行りましたが、ああいうのは合った人には壮大な作品として絶賛されるかもだけれど、合わない人には極端な低得点もなされうる、点数のばらつきやすい構造なのです。

本作も個別は弱いので、もしオールクリア必須であったならば、その個別が弱いことを理由に減点されても仕方ないのでしょう。
しかし本作は、途中下車方式とか脱落式と呼ばれる構造を採っています。
つまり、途中の選択肢は各個別ルートに入るか否かというものであり、最初からメインの朱璃ルートを楽しむことができます。
仮に個別が弱いとしても、それをプレイしない自由がプレイヤーにあるので、楽しめない時間を強いられることはありません。
朱璃ルートだけでも十分なボリュームがあるし、それで満足して終えることもありなのです。
だから個別が弱いことは、本作においては減点材料にはなりえません。
物語の構造上、全てのルートを見ることに意味がある場合は除きますが、個人的にはストーリー重視の作品は本作のように、最初からメインのストーリーを楽しめる構造にして欲しいです。

ただ、本作には個別ルートクリア後に、オマケシナリオが何本もありまして。
プレイヤーを楽しませるための配慮なのかもしれませんが、個別が短いという批判をされないためにも、このオマケシナリオを個別ルートに上手く織り込めなかったのかなと、もう少し構成を工夫できる余地はあったのではないかと思います。
短い個別に、複数のオマケシナリオを並べて見せられると、なんかイベントの素材だけをポンっと目の前に出されているようで、未完成品の様な印象も抱きかねないですから。

<ストーリー>

なんか分かりにくいあらすじですが、メインの内容はシンプルであり、皇姫である朱璃が、敗戦を機に追われた地位を再び取り戻し、皇国を再興しようというのが目的になります。
冒頭でも書いたように、最初から感情移入しやすいですし、一気に読める作品だと思います。

世界観は広い意味では和風なのだけれど、なんかいろんなものがチャンポンされている感じでして。
もちろん、それが良い方向に働けば良いのだけれど、本作では上手く絡み合っておらず、終盤になるほど、そこでそれ?みたいなところが幾つかありまして。
細かいところや設定の整合性などが気になる人ほど、集中が途切れてしまいやすいのかなと。

個人的には、学園要素とかアイドルとかは不要だと思いましたが、これは従来のファンも楽しめるように配慮したのかなと思ったりも。
私はこの作品全体に対し、いろんな人が楽しめるように、即ちストーリー重視も、キャラ重視も、エロ重視も、皆が満足できるよう八方美人的に配慮しつつ、でもそれが上手くかみ合わずに、かえって中途半端さにつながったような印象を抱きました。
上記のゲームデザインにしても、そうですよね。
ストーリー重視なら、割り切って個別もオマケもなくす方向もありえたけど、キャラ重視に配慮して個別とか、エロ重視にも配慮してオマケとか加えて、それがかえって新たな火種を生んでいるような感じでしたし。
ストーリーもシステムも、一応いろいろ盛り込んでいるのだけれど、一つの方向性に上手くまとまりきっていないんですよね。

<グラフィック>

べっかんこうさんの原画は相変わらず良いし、塗りも良いし、そして何より今回はエフェクトが進化しています。
この点においては、過去作より確実に向上しているのでしょう。

ただ、ここも少し気になる点があります。
エフェクトは進化しているし、今回はバトルシーンもあるのだから、その部分に力を入れることも分かります。
エフェクトは優れているのですが、じゃあバトルシーンで業界一かというと、そうは思えません。
単にピカピカしているだけで、もう少し見せ方は工夫できたでしょうから。
つまりエフェクトや技術は良いのだけれど、演出が良いとは言えないと思うのですよ。

また、べっかんこうさんの絵は、数年前ならそれだけで大きな特徴と言えたのでしょうが、今は数年前程のアドバンテージはありません。
立ち絵で目パチ口パク体の動き、イベントCGでも目パチ口パクを入れるなど、単に原画の魅力だけに頼るのではなく、動きや仕草でキャラの可愛さを増している作品が増えているなか、そうした動きや変化がオーガスト作品にはないですからね。
確かに本作は、作品全体としては過去作よりも、演出やエフェクトが進化しているのでしょう。
しかし、それらの進化分はキャラ以外に対して向かっているのであり、キャラに関しては進化していないのです。
キャラの魅力への追求について、他所はいろいろ工夫しているのに対し、8月作品はそれがないのですから、結果は目に見えて然るべしです。

それと、これは本作に限った話でもないのですが、本作を例にして話します。
一昔前、エロゲにエロはいらないという層が一定数いました。
もっとも、これは揶揄して曲解し、最近増えた表現であり、正確にはシナリオゲーにはエロはいらないという主張だったはずです。
それでも、エロゲでエロは要らないっていうことと大差ないですし、一見すると何言ってんだコイツと思われかねません。
でも、そういう主張も、本作とかを見ていると分かるように思えます。

というのも、例えば本作では、CG枚数は100枚を超え、決して少ない数ではありません。
しかし、朱璃メインのストーリー重視作品であるにもかかわらず、キャラ重視派にも配慮したのか、各ヒロインのCG枚数に大きな違いはありません。
少なくて16枚、多い朱璃で21枚ですが、多い分は回想のモノクロCGが増えているだけでもありますし。
しかも、最近は各キャラに複数回のHが当り前という風潮もあり、それでエロ重視派にも配慮したのか、本作にも各ヒロインにそれぞれ4回のHシーンがあります。
朱璃はHシーンだけでもCGが8枚になり、サービスシーンも含めると9枚になります。

他方で、ストーリー重視作品はストーリーを盛り上げるため、ストーリー進行上で山場となるシーンにCGが必要になってきます。
その点が、エロだけの作品とは異なるのです。
しかし作品全体のCG枚数を増やすことが困難な中、HCGの枚数を増やすとなると、当然ながらストーリーに必要なイベントCGがわりを食うことになります。
シナリオボリュームが増している中、ストーリーに必要なイベントCGの枚数が減るとなると、当然間隔も空いて盛り上がりに欠けますし、欲しい場面に欲しいCGがないことからくる不満も生じてきます。
もしこれが一般作であれば、Hシーンに割いた分もイベントCGに回せますし、より効果的にストーリーを盛り上げられたでしょう。
シナリオゲーにエロは要らないというのも極論かもしれないけれど、無理なHシーンの挿入は作品全体の雰囲気やバランスを損ねるし、Hシーンの回数が増えると必要なイベントCGが削られ、ストーリーの魅力を増す機会がそれだけ奪われてしまうわけで、そのことを危惧した発言と捉えれば、一理あると思えるはずです。

最近はいわゆるシナリオゲーが減ったと言われていますが、複数回Hを要求される現在のエロゲー状況下では、本当にシナリオとCGのバランスのとれた、完成度の高いシナリオゲーを作ることは、構造的に無理なんじゃないかとさえ思えてきます。

<評価>

個人的には、普通に楽しかったです。
ただ、様々な方面に配慮して、いろんなことを詰め込んで、でもそれらを上手く融合しきれなくて、結果としていろいろ惜しい状況になっちゃったかなと。

これ、例えば朱璃を主人公にして、一般向けノベルとして企画し直せば、削れる分や増やせる分や整理できる分は明確になりますし、間違いなく作品の完成度は大幅に向上したでしょう。
まぁ、それをやると、大幅に売り上げは減ってしまうでしょうが。
(もっとも、一昔前のいわゆるシナリオゲーなんて、信者が大きな声をあげているだけで、大半は売れていないですけどね。)

十分面白い作品ではあったのだけれど、かつてのような大きな長所はなく、また完成度も低いことから、総合では佳作としておきます。

まぁ、男性向け商業エロゲの現在の状況に対するジレンマというか、作品の方向性をどうすべきかという作り手の悩みも、多分に見受けられた作品でしたね。

ランク:C-(佳作)


千の刃濤、桃花染の皇姫
千の刃濤、桃花染の皇姫 プレミアムパック

Last Updated on 2024-09-04 by katan

コメント

  1. SECRET: 0
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    これだけエロゲに造詣が深い方が運営されているブログを見るのは初めてで、楽しく読ませてもらいました。
    ありがとうございます。

  2. SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    こちらこそ、ありがとうございます。
    古城さんと私は、同じ様な発想なのかなと。
    このブログは、他に語る人がいなくなってきたけど、
    このまま埋もれていくのは寂しいし、
    じゃあ自分が語るかって感じで始めたものですから。

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