『ファタモルガーナの館』は2012年にWIN用一般向けの同人ソフトとして、Novectacleから発売されました。
ストーリー、グラフィック、サウンドと、全てにおいて高水準な作品でしたね。
<概要>
ゲームジャンルはノベル系ADVになります。
選択肢も幾つか出てくるのですが、その数は少なめ。
基本的にじっくりと腰を据えて読むという類になるでしょう。
マルチENDでバッドENDもあるのですが、メインシナリオは1本になります。
正解は比較的容易に分かりますし、最初からグランドENDにも行けますので、グランドENDを目指すだけなら攻略も容易だと思います。
必ずしもゲーム性が高いというわけではないですが、一応ストーリーに即したENDも用意されていますし、それでいて無駄な制約により不要なストレスをユーザーに与えることもありませんので、安心して読める作品と言えるでしょう。
あらすじ・・・「あなた」は気づけば、古ぼけた屋敷にいた。
目の前には、「あなた」を旦那さまと慕う、翡翠の目をした女中がいる。
しかし「あなた」には記憶がなく、自分が何者なのかわからない。生きているのかさえも。
そんな「あなた」に、女中は屋敷で起きた数々の悲劇を見せるという。
そこに、「あなた」の痕跡があるかもしれない……。
最初の扉は1603年。
豊かな薔薇が咲き誇る、美しい時代に、仲睦まじいローズ兄弟がいた。
彼らには一切の不安も、不幸の陰りもないように見えたのだが……。
二番目の扉は1707年。その時代、屋敷は荒廃していた。
その屋敷に住み着いた獣は、平穏な世界を望むもののやがて獣本来の暴力性を抑えられなくなり、虐殺に走ることとなる。
三番目の扉は1869年。この時代、文明の発達により人々は急いた生活を送っていた。
鉄道事業に身を乗り出す資産家の青年は、金と権力を追うあまり自分の妻をないがしろにしていく。
四番目の扉は1099年。女中はこれが最後の扉だと告げる。
その時代にいるのは、自らを「呪われている」と告げる青年と、魔女の烙印を押された白い髪の娘≪ジゼル≫だった。
「あなた」は時代と場所を超えた四つの悲劇を目撃する。
これらの物語を終えてしまうのか、あるいはその先を求めるのかは……「あなた」次第だ。
しかし、どこかの誰かはこう言うだろう。「他人の悲劇だから耐えてこられたんだよ」
<ストーリー>
ストーリーは公式ではサスペンスホラーとなっていますが、ホラー色はほとんどありませんので、そっち方面は期待しない方が良いのかなと。
詳しくは後述しますが、基本は真相を追い求めるサスペンスでありつつ、設定面でファンタジー的側面が絡んだ作品なのだと思います。
そのため、サスペンスファンタジーという感じでしょうか。
向き不向きという面では、とにかくストーリー重視な人向けであり、その中でも緻密に張り巡らされた伏線が回収されていくタイプが好きな人なら、より一層楽しめるのではないでしょうか。
ネタバレしない程度に少し内容に入っていきますが、開始時の舞台となるのは古ぼけた屋敷。
主人公は、その中で目覚めた「あなた」ですが、記憶を失っていて自分が何者なのか分かりません。
目の前には女中がいて、屋敷で起きた数々の悲劇を見せると言います。
そこに「あなた」の記憶につながるものはあるのか。
というわけで、女中さんから屋敷にまつわる悲劇を4本見せられることになります。
時代は11世紀から19世紀、中世から近代とばらばらなのですが、舞台はどれも西洋となります。
そこで描かれるのは様々な形の悲劇。
一つ一つのエピソードだけを見るならば、端的に言えば鬱ゲーに分類されるのでしょう。
この4章までのエピソードも、基本的にはどれも面白いです。
とは言うものの、正直なところ、2章に入った辺りでは不安も大きかったわけでして。
というのも、鬱ゲーが流行った時期も昔にはありましたが、不幸が降りかかってくる鬱なストーリーが幾つかあってそれで終わりとか、最後のまとめがとってつけたような作品も多数経験していたからなんですね。
世間的には名作とか良作とか評判が良い中にもそういうのが多かったから、個人的にゼロ年代前半の鬱ゲーで心底楽しめたのがほとんどなかったですし。
もちろん、『ファタモルガーナの館』がそうでないことは、3章まででも十分に伝わってきます。
単に不幸が降って湧いてくるだけの鬱ゲーではなく、ボタンの掛け違いから生じる必然的な鬱展開ですので、読んでいて説得力があるのです。
もっとも、それでもここまでなら「比較的良くできた鬱シナリオ」を、数本集めただけの良作にとどまってしまうでしょう。
それで終わってしまうことを危惧したわけですね。
しかし、そんな私の浅はかな心配は全くの杞憂に終わりました。
4章に入ると早々に、「あなた」の正体が明かされます。
ここからは怒涛の展開で、これまでの自分の正体探しから、もっと背後に横たわる一連の事件の真相を探ることになります。
「他人の悲劇だから耐えてこられたんだよ」・・・と作中にありますが、これまでのような他人の話ではなく、主人公自身の物語がつむがれていくことになります。
これまでも、そしてここからも基本的に重い展開が繰り広げられますので、全体としては鬱、狂気といったシナリオになるのでしょう。
主人公自身の話ということで、それまでより更にヘビーになっていくのですが、それら絶望的な事実を経ることで真相に近づいていきますので、大枠としてはサスペンスになるわけですね。
ボリューム的にはむしろここからが本番であり、それまでの幾つかの悲劇は単なる序章に過ぎないのです。
そして『ファタモルガーナの館』が上手かったのはここからで、最初は無関係に見えた様々な出来事や人物が全部つながってくるのですよ。
序盤の数本の悲劇にも全く無駄がないのです。
この伏線回収は見事でしたし、とても緻密に計算された印象を受けました。
伏線回収の凄さの1点だけとってみても、このレベルのノベルはほとんどないでしょうね。
本当にお見事でした。
ただ、全てがつながってくるということで、未プレイでも勘の良い人なら何となくわかると思いますが、純粋な転生ものではないものの、それに類した構造になっています。
すなわち、若干のファンタジー要素がありますので、ファンタジーを全く受け付けない人は注意が必要なのかなと。
あらすじなどからも何となくは分かりますので、思っていたのとは違ったと言う人はほとんどいないと思いますけどね。
個人的には、基本的に好きな展開・ジャンルですし、全てを説得的に語った上での展開なので、壮大さを感じ大きなプラス要因になっています。
丁寧に緻密に描いているので、転生関連を扱った同系統の作品の中でも優秀と言えるでしょう。
最終的には、ここしかないというところに上手く落ち着いており、感動系とも言えるのでしょうか。
お涙頂戴的な純粋な泣きゲーとは異なるのですが、結末までの道のりが道のりだけに、ラストに涙した人も出てくるでしょうね。
総じて、ストーリーに関してはお見事の一言に尽きるのかなと。
完成に4年かかったとかって言うのは、昔なら凄いと思えたかもしれません。
しかし今は、単に己の能力不足を露呈しただけだろと思ってしまうので、私にはかえってネガティブ事情に見えてしまいます。
しかし、丁寧に緻密に描かれた展開にはライターが魂を削った姿勢が窺え、長い年月を要したこともポジティブに完成度へのこだわりだと見えてくるのです。
否定的な斜に構えた姿勢のユーザーをもうならせるだけの完成度が、この作品にはあったということですね。
ストーリーが優れているだけで十分に満足できるし、この1点だけでもこのレベルの作品は数年に1本と言えるでしょう。
もしストーリーを重視する人であれば、決して損はしないと思います。
<感想>
もっとも、ADVでストーリーが大事なことも確かですが、だからと言ってストーリーが全てではありません。
そこでまずキャラなのですが、ここも非常に好印象でした。
いわゆる萌え路線とは大きく異なりますし、萌えも含んだ広くラノベ的な、「~属性」と安易に型にはめられるキャラはいません。
どのキャラにも表の顔と裏の顔があり、そこから生じる認識の相違がテーマにもなっています。
多くのノベルのキャラがラノベ的とするならば、『ファタモルガーナの館』は一般小説に近いのです。
両者はジャンルの違いであり、本来はそれだけで優劣のあるものではありません。
しかし、現在のノベルの大半がラノベ的で、本作のような表裏をしっかり描いた作品は絶対数が少ないので、それだけで希少価値は生じてくるでしょうね。
また、属性とか型にはめたキャラが苦手な人でも十分に楽しめますので、根本的にオタ向けというより一般向けなのでしょう。
年齢制限はないですが、内容がハードだけに、本作を18禁にすることもありえたでしょう。
そして18禁にした方が、初速としては注目も浴びやすかったと思います。
しかし、ここで一般向けとしてより幅広い層をターゲットにしたことは、長期的には正解だったと思いますね。
テキストも、丁寧に書かれているのだけれど、くどくもなく、パロだの突拍子もない展開もありませんので、誰でも自然に楽しめます。
そのため、テキストを重視する人でも大丈夫でしょうね。
展開的にも細かく章で区切られ場面も大きく変わりますし、キャラの裏表による意外性や小さなどんでん返しが繰り返されることで、緩急が上手くつけられ飽きることなく一気に読めます。
もっとも、ラノベ的ではないので、今のエロゲの主流が大好きな人と完全にマッチしているとは思いませんけれど。
そういう面も含めて、何か最近のノベルは飽きてきたよ、でもストーリーの濃い優れた作品はやりたいなって人の方が向いているでしょう。
まぁ、つまりは私みたいなのですが。
グラフィックは一枚絵だけで40枚以上あります。
分量的にはミドルプライスの作品程度なのですが、本作は税抜き2500円と低価格帯の商品になります。
低価格でミドルプライス並のCGが用意されているということで、金額から考えれば枚数はかなり多い方になります。
また、一枚一枚の質も非常に良かったですね。
幻想な雰囲気も漂う美麗なCGは塗りも含めて素晴らしく、これだけでも元が取れてしまいます。
ストーリー重視の同人ノベルは他にもありますが、そういうのはグラフィックはいかにも同人レベルで物足りなかったりします。
この質と量を揃えたってだけでも、十分に価値があります。
個人的には、この部分はかなり大きかったかなと。
皆グラフィックは年々進化しているって言うし、確かに解像度や色数は昔より増えているんだけどね。
どれも似たような萌え路線であり、何か一枚の絵に魂が惹きつけられるようなのが今はないのですよ。
本作は一枚サンプルを見るだけでも、雰囲気が全然違うのが分かると思います。
原画集があれば買ってみたいと思えるようなグラフィックも、とても久しぶりな気がしますね。
演出関連も同人ゆえに派手さや新しさはないのですが、上手く考えられているなというのが伝わってきます。
加えてレイアウトと言うか画面デザインですね。
選択肢の窓であるとか、バックログ時の画面であるとか、テキストウインドウであるとか、細部まで時代や状況に合わせ変えており、本当にこだわっているなと感じさせられるわけで、これは非常に好印象でした。
サウンドについて、まず音声はありません。
しかしサウンドの種類は60曲以上と豊富ですし、
とても雰囲気にマッチした音楽がポルトガル語のボーカル入りで流れます。
これも『ファタモルガーナの館』の強みなのでしょう。
他の作品だと鬱陶しくてサウンドを切る場合もあるのですが、この作品ではそんな真似はできないですね。
常々言っていることでもありますが、サウンドがしょぼいなら音声があった方が良いですが、最高品質の音楽の前には高品質程度の音声は不要なのですよ。
この作品をプレイしていると、優れたサウンドがあればそれで十分なのだと、あらためて認識させられます。
そのこととも絡んでくるのですけどね。
今はノベルでもフルプライスは音声が当たり前です。
音声も声優ネタを駆使するなど、使い方によっては新しい可能性を広げますし、音声が主役の作品があることも良いことだと思います。
でも、全ての作品に音声が必須とまでは、今でも思えないのですよ。
豪華とか言いながら無駄にそこに予算をつぎ込むのであれば、音声をカットしてその分安くしつつ、長所となる部分だけで勝負するというのも十分にありだと思います。
特に読ませるテキストを書くライターというのは、その個性が際立っているほど音声に適していない場合も出てくるでしょう。
味のあるライターが年々減っているように見えてしまうことには、音声の存在も少なからず影響していると思うのですよ。
本作は音声がないから、フルプライス並のボリュームがあるにもかかわらず、非常に低価格で実現しています。
音声がないからエフェクトによる効果的な演出も計算しやすかったでしょうし、無駄な部分はとことん削除して、本当に長所と呼べる本作ならではの武器となる部分だけで勝負しています。
ノベルの在り方について、あらためて考えさせられた作品でもありました。
今から10年以上も前になりますが、90年代末期に数時間で読み終わるノベルが増えました。
そんな時に出てきたのが低価格大ボリュームの『月姫』だったわけで、当時のノベルに対するアンチテーゼにも見えたものです。
何かそれに近い印象を受けましたね。
音声ではなく徹底的にこだわったサウンドで勝負する姿勢であるとか、属性ではなく個の内面を抉り出すキャラの立て方であるとか、少しひねくれた見方をするならば、いろんなところで現在のノベルに対するアンチテーゼのように見えてきます。
そんな事を言い出す人は少数かもしれませんが、何れにしろ姿勢や在り方などこの作品から学べることは多いように思いますね。
<評価>
総じて、同人作品としては最高峰の大傑作と呼べるでしょう。
ここからちょっと評価と関係のない雑談を。
他作品を持ち出すのは本来は良いことではないのでね、戯言としてこの段落はお読みください。
幾つかの関係なさそうなシナリオがあってそれが全て絡んでくるという点で、小説の「煌夜祭」を思い出しました。
「煌夜祭」の路線が好きな人なら、高い確率で楽しめるのではないかなと。
他方で、ストーリーとかキャラとかに対する思い入れとか主観的な事情を並べるとね、本作より個人的に好きな同人作品や最近の商業作品はあるのですよ。
これは完全に好みの問題なのですが、その好きな作品ってのは成長や躍動感があるのです。
成長や躍動感があるということは変化があるということですから、長い年月に重みが出てくるわけですね。
本作は複線の回収など確かに上手いし凄いと思し、鬱な展開も非常に重いのですが、成長や躍動感みたいなものがもう少し欲しかったのかなと。
そうすればラストの盛り上がりももう少し増したと思うのですが、作風や構成の違いでもありますからね。
高い次元で重箱の隅をつつくようなものであり決して不満ではないのですが、主観的にその部分で優れた他の作品の方が好きだったりするのです。
でもね、その好きな作品には何かしら足りない部分もあるわけで。
そうなると個人的な主観はともかく、私の普段の基準では点が伸びきれない。
その点、『ファタモルガーナの館』には穴がないのです。
だから書き出すと、褒めることしかできなくなる。
必ずしも私の好みのど真ん中という作品ではないのですが、あれもこれもと点数が積み重なっていくわけでして。
もちろん主観的にもかなりはまった人も一杯いるでしょうから、その人はもっと高い評価になりえるでしょうし、私の評価はこれでも低い方じゃないかと思ったりも。
ランク的には同人としては、これがマックスに近いのかなと。
少なくとも、本作は発売時点においては、本作が個人的には最高評価となります。
典型的な萌えキャラがいない、音声がないということで、必ずしもノベルユーザーの今の主流向けではないのかもしれません。
しかし少なくとも私は、もしこういう作品を楽しめなくなってしまったら、もうゲームそのものを引退するしかないのだろうと思いながらプレイしたものです。
良い作品に巡り合えて、本当に良かったです。
ランク:AA(傑作)
Last Updated on 2024-11-23 by katan
コメント
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私自身、今迄同人ソ\フト購入をしたことがなかったのですが、このような批評を見ると興味が湧き 検討しようと考えました。
昔は雑誌のレビューなど見ずに店頭でパッケージ裏の内容紹介だけみて 感だけで購入し、このブログに上がってるインストールにうん時間掛かる地雷やクソ\ゲーにも引っ掛かり 次第に開拓する心をなくしてました。
今度まとめて 失敗覚悟で感だけで購入を決めてみるのも楽しめるかもしれないし、それが新たにクリエイターを育てる一助になるのかも…
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現状に満足しているのなら、今の主流路線に満足しているのなら、同人ソフトに手を出す必要はないのかもしれませんけどね。
挑戦的な作品や意欲的な冒険作は同人に多いので、そういうのを求めるなら同人は狙い目なのでしょう。
ただ、冒険作が多い代わりに同人は全体的なクオリティが低い物も多いので、このファタモルガーナのように全体的なクオリティまで高い作品はレアケースだと思います。
求めるものによりお薦めできる作品は異なってくるのでしょうが、この作品を好きになれそうな人でまだ巡り合えていない人は多いように思いますね。
インストールに何時間もかかる作品というと限られてくるのですが、そういう作品を経験済みならかなり古参の方とお見受けします。
自分の勘を頼りに開拓してきた方なら、その経験と嗅覚も養われているでしょうから、今一度ご自身の勘を頼りに気になった作品を試してみるのも良いと思いますよ。