『タウヒード』は1989年にPC88用として、チャンピオンソフトから発売されました。
元アリスのとりさんの魅力を存分に発揮した作品であり、同時に80年代後半を代表するストーリー重視作品でした。
<チャンピオンソフト>
チャンピオンソフトということで、つまりはアリスソフトですね。
元々チャンピオンソフトは、80年代前半からPCゲームを作っていましたが、1989年に新たにアダルトゲーム用の専門ブランドとしてアリスソフトを発足しました。
もっとも、アリス発足以後は、専らアリスソフト名義の作品ばかりで、チャンピオンソフト名義の作品は作られなくなりました。
そのため89年というのは、チャンピオンソフト名義の作品とアリスソフト名義の作品が混在する、分岐点ともなった年だったのです。
本作は、そのアリスソフト発足の前に、チャンピオンソフトから発売された作品であり、おそらくチャンピオンソフト名義では最後の作品ではないかと思います。
ちなみに、チャンピオンソフト時代はアダルトゲームっぽいのから、かなり真面目なゲームまでいろいろ作っていたのですが、『タウヒード』はどちらかと言えば前者に分類されることになるでしょうか。
一応、12歳の女の子が入浴シーンで裸になりますからね。
もっとも、その手の要素はそれだけしかありませんし、アリスブランド発足前の作品ということもあってか、アダルトゲームの話題の中では中々名前が出てこない作品でもあるんですよね。
<感想>
さて、具体的な中身に入っていきますと、『タウヒード』の舞台となる時代は、近未来の西暦2031年。
主人公は28歳の元従軍カメラマンで、今は戦争で破壊された遺跡を写真に撮りながら各地を巡っています。
ゲームの主な舞台は中東で、開始時はエジプトにいます。
本作は、主人公がそこで出会った少女を老人から託され、彼女を追う秘密結社から逃れながら、世界各地の遺跡を巡るという物語になります。
まず前提として、そもそも中東を舞台にした作品であること自体が珍しいですよね。
イラン・イラク戦争は既にありましたが、もっと身近に感じ出したのは湾岸戦争(1990年)以後だと思います。
本作はそれより前に発売された作品ですから、この時期にこういう作品を出したこと自体が驚きです。
加えて、そのアラビア風の雰囲気自体も実に良く描かれており、本当に異国にいるような雰囲気に浸ることが出来ました。
これはグラフィックの影響も大きかったでしょうね。
テキストの描写もさることながら、細かな部分までグラフィックの描写が良くできていたのだと思います。
よく2時間もののミステリードラマでも、各地の風景が楽しめるから見ているって人がいます。
本作は、エジプトやイスラエルから次第に東に進み、モンゴルやネパール、そして最後は主人公の故郷日本へと旅することになります。
その世界各地の景色も楽しめるわけですから、グラフィックだけでも十分に楽しめるというものでしょう。
こういうのは小説のような文字を追うだけのものより、やっぱり絵がある方が良いよな~ってつくづく思ったものです。
かようにアラビアの世界を描いた作品としてまず評価に値するのですが、上記のように本作はそこから世界各地をめぐることになります。
遺跡を巡るという意味では冒険譚でもあるし、追っ手から逃げるという意味では逃避行物とも言えるでしょう。
世界中を舞台にしたこれだけ壮大な作品も中々ないもので、次はどんな展開が待っているのだろうと終始ワクワクしましたし、物語自体の出来もとても良かったと思います。
内容面単独でも十分に評価に値するのですが、もう一つ付加価値があるとするなら、ゲームでこの手のストーリーがほとんどなかったってことでしょうね。
80年代はADVが豊作だったと言われますし、私もそう思いますが、よく振り返ってみてください。
名作と言われる作品のほとんどが推理物かSF物ではありませんか?
厳しい言い方をすればほとんどが2番煎じなわけで、それこそ『オホーツクに消ゆ』と『ジーザス』さえやっていれば、後はやる価値なしと言う人がいても、決して不思議ではないと思います。
今の国産ADVも恋愛ゲームばかりで、それで私は高い点を付けない事が多いのですが、80年代にしてもジャンルは違えど似たようなことが言えるのでしょう。
そのため私は、同じような路線の後発の作品には、あまり高い点を付けていません。
しかし本作は、明確に他のゲームと異なる路線なわけで、ここは素直に評価すべきなのだと思います。
また、本作は事実上、アリスのメンバーによる作品といえます。
ちなみに、本作を担当したシナリオライターは、その後のアリスの看板ライターになる、とりさんでした。
とりさんの作品という事で、何となく想像もできるかもしれませんが、男性キャラが魅力的に描かれていました。
まぁ本作の場合、女性キャラは、主人公の母と妹を除けば、あとはヒロインのエリザベスだけなんですけどね。
基本的には、28歳のオッサンが12歳の少女を連れまわすという、何とも羨ましい構図なわけですが(これはこれでかなりそそられますねw)、周りを彩る男の脇役陣が魅力的だったってことですね。
ここら辺の雰囲気は、98時代をはじめ90年代のアリス作品にも通じるので、その頃のアリス作品をプレイしていれば、何となくわかってもらえるのではないでしょうか。
前述のように、本作をアダルトゲームの系統で考えて良いかは議論の余地が残りますが、少なくとも他のアダルトゲームとはその辺の雰囲気からして違っているんですよね。
<ゲームデザイン>
ゲームジャンルはコマンド選択式のADVでした。
この時期にはコマンド選択が簡略化された作品も出始めますが、本作は80年代中期頃の作品の様に、表示されるコマンドは多かったのですが、必要なコマンドのみを選べば次に進むことが出来ました。
少し考えれば次に何をすべきかは分かりますし、いわゆる総当り的なことを強いられないので、わりとサクサクとテンポ良く進められました。
これは今なら多くの人に歓迎されるところなのでしょうが、当時は難しいのを好む人もそれなりにいたわけで、そういう人には物足りなかったのかもしれませんね。
総当りするのは大変だけど、無駄な選択を強いられず、必要な分だけで先に進められる点、及び何が必要かはちょっと考えればわかるという点で、選択式の中でも良く出来ていたように思います。
まぁ、コマンド選択式といっても、実は様々なタイプがありますし、同じタイプでも良し悪しは結構分かれるものです。
また、この辺はたくさんプレイしてみないと分からない部分でもあるでしょうから、そういう意味では、本作は玄人受けしやすいとも言えるのでしょう。
<評価>
総合的には、かなり良く出来ていた作品でしたね。
質だけでなくボリューム面でも満足できましたし、文句なしに名作であることは疑う余地もないです。
ただ、欲を言えば、ラストだけもう一押し欲しかったのかなと。
本作では、ラストが想像の余地を残しており、あっさりしていました。
例えば『DESIRE』なんかでも、オリジナルは最後をあえて書いていません。
WIN用の移植版はそこを別人が付け足しして、それでオリジナルのファンに蛇足だって叩かれてました。
『DESIRE』の場合は私も付け足しは不要と思いましたが、作品の質が落ちたとしてもそのシーンが見たいって場合もあるでしょう。
本作では、それに輪をかけて大胆に省いているわけで、こうなるともう少し分量が欲しかったなとも思うのです。
質が下がってもご都合主義でもあざとい演出でも構わないから、もうちょっと余韻に浸れるようにしてくれれば良かったんですけどね。
分かりきっていることは書かないという潔い姿勢なのかもしれませんが、やっぱりもう少し欲しかったのかなと。
それさえあれば、80年代アダルトゲームの最高傑作と評していたでしょう。
或いは、どうせすぐ後にアリスブランドを立ち上げるのであれば、もっとH要素を入れて完全なアダルトゲームで出してくれれば、それでも更に評価が上がっていたでしょう。
せっかく12歳の金髪というヒロインがいるのですから、最大限に活かさないと勿体無いですよ。
本作をアダルトゲームの枠で考えるなら、ストーリーは間違いなく80年代の中では1・2を争う出来だったでしょう。
そしたらもっと知名度も上がってたかと思うと、時期的にちょっと不遇な作品だったのかもしれませんね。
こういう雰囲気のゲームが今はないだけに、評価以上に印象深い作品でもありました。
私が後に非常に高く評価した作品、壮大な冒険譚としての『Broken Sword』、女性との逃避行ものとしての『Runaway』、中東とかそっち方面の馴染みのない世界を描いた『Byzantine』。
それらの根っこを辿ってみると、案外この作品に通じるのかもしれませんね。
ランク:AA(傑作)

Last Updated on 2025-05-13 by katan
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