百色眼鏡 ~Kalos Eidos Skopeo~ epilogue N

2004

『百色眼鏡 ~Kalos Eidos Skopeo~ epilogue N』は2004年にWIN用として、グロビュールから発売されました。

この年、完全版の発売を心底願った同人作品が二つ発売されました。
一つは「ひぐらしのなく頃に」であり、もう一つがこの「百色眼鏡」でした。

<概要>

ゲームジャンルはノベル系ADVになります。

・「百色眼鏡~Kalos Eidos Skopeo~とは」
大正十二年夏、 東京――
カフェーに垂れ込める、自由の香気。恋を語る若者に物憂い光を落とすガス灯。
浅草にまだ十二階がそびえ、六区の喧噪を見下ろしていた頃。彼はかつて、ここに居た。
陸軍幼年学校も暑中休暇、束の間の解放感にひたる十七歳の青年。
彼は出会う。たとえばそれは、揺籃の帝都を暗く染める、連続猟奇殺人。
そして謎、友情、あるいは恋。時代を紡ぐ様々な出来事を経験し、やがて――
彼は、この国を形作っていた全て、その断末魔を聞くことになる。
・・・時は流れ、現代。かつての青年は今、死の床にあり、夢を見ている。
夢は、今は遠い時代。失われた、大正の記憶。
あるいは過去の因縁が彼の元を訪れ、物語ることもあるだろう。それもまた、ひとつの結末。

episode Μ・・・東京の各地で密やかに繰り返される、猟奇殺人。
事件の謎に少女記者・菱田美冬が挑む、中編エピソード。

epilogue Ν・・・恋、震災、死、絶望。
ある少年の視点で語られる、百色眼鏡の外伝的な一色。

<感想>

2004年というのは、ゼロ年代の中でも特殊な年でした。
2002年・2003年頃のアダルトゲームは酷く、二番煎じや過去の焼き直しばかりでして。
ゼロ年代頃に初めてエロゲに触れた人は、過去作とか知らないでしょうから、そういう人たちの支持で今では名作とか言われている作品もあるのだけれど、私には既視感ばかりだったように思います。

それでも、ゼロ年代後半以降のように演出が進化していれば、似たシナリオでもまた違った楽しみもあるでしょう。
しかし、ノベルゲーだらけになりながらも、演出面は乏しいこの時期は、本当に中途半端な時期でした。
アタリショックには諸説ありますが、たくさんの数の作品が発売され、その年自体はソフトの売上が良かったこと、それでいて以後は下降線を辿り衰退していったという点は事実です。
そうであるならば、エロゲ版アタリショックというのが、売上が下降に転じた2002年ないし2003年となるのでしょう。

他媒体にない物を求めてアダルトゲームに興味を持ったような人で、2002~2003年頃の大不作に失望し、もう止めると言った人を何人も見かけました。
その時に私もやめるという選択肢もあったのかもしれませんが、2004年に待ち望んだ大作が何本も発売されることから、少なくとも私は、まだ1年は止められないなと思ったものでした。
実際、2004年の作品の中には、非常に満足した作品もありました。

もっとも、単に面白い作品があっただけならば、逆にこれでもう思い残すことはないとサッパリできたのでしょう。
それができなかったというのは、まだ未練となる要素が残ってしまったからなのです。
商業で言うならば、ランスシリーズが再起動し出したので最後までみたいとか、ミステリートの続きはどうなるんだよってところでしょうか。

他方で2004年は、同人でも面白い作品が複数出てきた年でした。
しかし、面白くはあったのだけれど、完結していない作品があったんですね。
この年、完結編の早い完成とプレイできる日を心底望んだ作品が、私には二つありました。
その一つが『ひぐらしのなく頃に』であり、それ以上に完成を望んだ、もう一つの作品が『百色眼鏡』でした。

『ひぐらしのなく頃に』の方は、内容に不満はあったものの、それでも一応は完結しました。
しかしながら、『百色眼鏡』は現在でも完成していません。
2004年に外伝的な「epilogue Ν」が発売され、2005年に体験版が発売され、2006年に物語の中の1エピソードとして「episode Μ」が発売され、結局そのままとなっています。
完成すれば即刻購入するのですが、もう無理なんですかね。

「epilogue Ν」も、体験版の延長のようなものであり、すぐに終わってしまいますし、本来は1作品として扱う予定はなかったのですが、このままだとこの作品に触れることがないままに終わってしまいそうですから。
それで、ちょっと例外的に扱うことにした次第です。

さて、前置きが長くなりましたが、本作の舞台は東京で、時代は大正12年。
関東大震災の直前といったところから始まります。
ちょっと猟奇的な要素も持つミステリーということで、ジャンル的には非常に好みなのですが、如何せん体験版のようなものですから、この世界の雰囲気を大雑把に感じるくらいしかできません。
後は本編でってことですね。

そのような完結しない物、つまりは体験版の類を普段の私はプレイしないのですが、本作の場合はグラフィック・演出に強烈に惹かれたことから、例外となったわけです。

本作は、公式ではキネマティックADVと説明されています。
OHPの説明を引用させてもらいますと、下記のとおりとなります。
「百色眼鏡 ~Kalos Eidos Skopeo~では、会話以外の文章表現を極力避けています。
それに代わり、映画や漫画の手法を取り入れ、画像や音楽による演出を最大限駆使することで、
よりドラマティックな世界を表現することを目指しています。

ADVでは、キャラクターの状態を記号的に示す「立ち絵」、周囲の風景を示す「背景」、特殊な状況を効果的に表現するための「イベント画像」という3つの独立した要素を組み合わせ、プレイヤーに状況を伝える、という方法が一般的です。
ですが本作では、より映像的な表現をするために、「立ち絵」と「背景」を独立させることをやめました。」

つまり、全部イベントCGみたいな感じで、その中でキャラが必要に応じ動くわけですね。
私は、二次元の絵のADVの表現方法としては、これが一番ベストに近いと思うし、その気持ちは今でも変わっていません。
いや、これだと少し誤解を招くか・・・
例えば、『ORATORIO』のような手法もありえるし、ADVとしては他にも方向性は考えられるとは思うものの、ノベルゲーの表現方法としては、これがベストに近いと考えているということですね。
初めて本作を知った時は非常に興奮したし、あれから10年以上経ってしまったけれど、本作以上に優れていると思った作品もありません。
だからこそ、早く完成する日が来るのを待っているのです。

<評価>

1994年に『悪逆の季節』をプレイした時に、10年後にはこんな動き回る作品が普通にプレイできるに違いないと夢見ました。
残念ながら、それは夢で終わってしまいましたが、あれはまぁ、ハードの命運も賭けた松下の本気だったのだから、規模も予算も違うから仕方ないと割り切れます。
しかし2004年に本作をプレイした時、こんな同人が出てくるのなら、10年後の商業アダルトゲーはこういうのが普通にプレイできる時代なのかと、再度夢見てしまったのです。
アダルトゲームのグラフィックやエフェクトに対し、年々進化していると言う人もいます。
しかし本作が完成しなかったことを忘れさせてくれるような作品に、今もって巡りあえていません。
本作をプレイして私が期待した域には、まだ全然届いていないのです。
ゲームの進化って、一体何なんでしょうね?

百色眼鏡 epilpgue N
百色眼鏡 -Kalos Eidos Skopeo- episode M

Last Updated on 2026-02-10 by katan

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