オトメ世界の歩き方

2024

『オトメ世界の歩き方』は2024年にWIN用として、Orthrosから発売されました。

女装ものとして、新境地を切り開いた作品でしたね。

<概要>

ゲームジャンルはノベル系ADVになります。
選択肢もなく、完全な1本道となります。

あらすじ・・・――21XX年、春。
過激派フェミニズムの跋扈により、日本は完全な女性優位の社会となっていた。
数十年前に成立した「男女隔離法」に基づき、男子は生まれた直後から収容所に隔離され、長く続く戦争への対処のため兵士として育てられることになっている。
野蛮な男達は排除され、世はまさに女性の女性による女性のための社会、乙女達の理想郷!
だが、そんな世界にたった一人、性別を隠して暮らしている一人の少年がいた。
元は防衛軍の少年兵であった彼は、とある事情により辺境の村落で戸籍を誤魔化してかくまわれ、義母義妹と共に平和に暮らしていた。
そんな彼が、社会管理AI「マザー」の指示により、女性側の武装組織である「保安隊」の訓練学校に召集されたことから物語は始まる。
志願して付いてきた義妹と共に初めて見る都会は、衰退したとはいえ未だ華やかな乙女の園。
性別を隠したまま保安隊附属の女子学園に通うことになった彼は、寮の同室となったことをきっかけに心優しい少女「アカリ」と出会う。
先輩達にも恵まれ、厳しくもどこか楽しい訓練生活の中で、少年は次第に少女と仲良くなり、恋心すら芽生えさせていく。
けれど忘れてはいけないのは、この世界は男に厳しいという現実。男性の絶滅を訴える過激派すら存在する世の中。
もしも彼が男であるという事実が露見すれば、どんな目に遭うかも分からない。
現に、優しい少女だった筈の彼女ですら、にこやかに言ってのけるのだから。
「夢は、男を皆殺しにすることです!」

<感想>

まだ未プレイの段階でこれを読もうとしている方がいるならば、そしてこの作品に興味を持っているならば、すぐにでもプレイした方が良いかなと思います。
何でこんな始まり方をするかというと、本作について語る場合、ネタバレを完全になくすことは難しいことと、事前情報をあちこちから仕入れて、それで下手な先入観を勝手にもたれると、かえって本作を楽しみきれないからです。

本作は、一見すると奇抜な設定です。
こんな題材扱って大丈夫なのか、どこに話をもっていくのかと思う方もいるでしょう。

近未来のディストピア世界を舞台にし、AI対人間という、SF作品によく見られるけれど、結論はいつまでも出ないであろう題材で始まる本作。
しかし、それが本作のメインではありません。
AI対人間という対立構造があるなか、話題はそこからスライドし、同じ人間同士の男対女という対立構造になっていきます。
もっとも、これも本作のメインではありません。
さらにそこから話題はスライドし、同じ女性同士の中でも、フェミニズムと保守派といった対立構造になっていきます。
挙句の果てには、浄化委員対オタクによるオタクコンテンツの取り締まり問題へとスライドしていき、そうなってくると、ある意味とても身近な話題ともいえます。

ストーリーの中で、このライター、フェミに何か恨みでもあるのかとでも勘ぐりたくなるほど、極端に悪役に描かれていたりもしますが、別にその点に重点があるのではなく、それはあくまでも対立構造を明確化するためのある種の装置のようなものにすぎません。
本作はAI対人がどうのとか、男対女がどうとか、フェミの思想がどうとか、そういうことを描いているわけではないのです。
それらは本作の根幹ではなく、あくまでの本作の中の一要素にすぎないのであり、所詮は枝葉にすぎません。
ざっくりいうと本作は、異常な世界の中で主人公らがどのように生きていくのかを描いたのであり、上記の要素は、その異常な世界を説明したものにすぎないのです。
事前情報を仕入れすぎると、しょうもない枝葉部分に勝手に価値を見出し、先入観をもってしまう可能性があるので、だから先入観を持たないでプレイしてもらいたいのです。

本作は、様々な対立構造がでてきますが、決して入り組んだ複雑な作品ではありません。
次々と敵対する先がかわっていき、先の読めない展開は、音楽でいえば転調を繰り返す曲のようなものといえるでしょう。
転調を繰り返すと、下手すればまとまりがなくなってしまいます。
だからこそ、ストーリーの根幹部分が大事になってきます。

その点、本作は、設定が複雑そうであるにもかかわらず、落ち着くところに落ち着いたというか、す~っと一本筋が通っていて、読み終えた後の読後感も良かったわけでして。
これはプロットがしっかりしていたということなのでしょうね。

これだと、まだ抽象的なので、もう少し補足していきましょう。
本作の主人公であるユイは、女装をしています。
そのため、いわゆる女装ものとして期待する人もいるでしょう。
ただね、この女装ものというジャンル、言葉としての認知度は高まっているにもかかわらず、その魅力って、実は結構曖昧だと思わないでしょうか。
女装ものの魅力って何?と聞かれて、即座に明確に答えられる人は、どれだけいるのでしょうか。

まず女装を目的とした作品、女装することの素晴らしさを伝えようとした作品は、まさに女装ものと言えるのでしょう。
しかし、女装を目的とした作品は、『Trans’2』のような作品も存在はするものの、その数はかなり少ないです。
盗撮であるとか、露出羞恥であるとか、他のジャンルは、それを目的とした作品が中心であるのに対し、女装ものについては、女装が目的であるという作品は、びっくりするくらい少ないのです。
それが、女装もの作品の魅力を曖昧にしてしまっている原因なのでしょう。

多くの男性向けエロゲにおける女装もの作品は、女装が手段となっています。
具体的には、女装潜伏ものとして、女装が潜伏するための手段になっているのです。
女装ものエロゲの代表作とされる作品の多くは、女装潜伏ものです。
だから女装もの≒女装潜伏ものという認識や先入観を持っている人も、少なからずいるのではないでしょうか。
その観点から本作をみると、確かに女装はしているし、女性社会に潜伏はしているのですが、ユイが女装していることがばれないように奔走している様子はありません。
結構あっさりばれてしまいますし、ユイも隠そうと必死に抵抗することもありません。
いつばれるのか、ばれたらどうしようという葛藤を楽しみたいという観点からは、本作はかなり薄味であり、女装潜伏ものとしての楽しさはあまりありません。

ただ、以前から疑問ではあったのですが、女装潜伏ものの楽しさって、別に女装しなくても、潜伏ものだったら体験できるわけで、女装に限る必要ないよねって思ってしまいます。
その女装である意味はないよねって批判をかわすために、女装ものの代表作と呼ばれるような作品は、女装しなければならない理由を何かしら用意していますが、それって批判をかわすためのものにすぎず、女装ゲーであることの本質ではないと思うのですよ。

お前、何小難しいこと考えてるんだよ、女の子(に見える者)同士がキャッキャウフフしている光景を見ているのが楽しいんだろうが、でもHの時は竿があった方が良いから女装ものにするんだろうがと言われてしまえば、まぁ、ある意味それも真理なのかもしれません。
でも、そういう身も蓋もない話ではなく、もう少し女装ものについて、きちんと考えてみたいなと以前から思っていたわけでして。

女装を目的とせず、女装が潜伏の手段でもない女装ものですね。
ただ、この表記だと、少し誤解を与えかねないのでしょう。
何も、目的か手段かのどちらかに分ける必要はないのですから。
目的でも手段でもない、女装することに意義があるゲーム。
本作をプレイして、率直に感じたのは、その点でした。

本作は二部構成といいますか、途中で主人公が交代します。
前半の主人公は片桐ユイで、攻略対象のヒロインは姫乃アカリです。
他方、後半の主人公は守屋ミクで、攻略対象のヒロインは片桐ユイです。
片桐ユイは、本作の主人公であり、同時にヒロインでもあるのです。
上記のフェミの存在なんかにしてもそうなのですが、本作はシンボルとして強調する傾向があります。
「男性向け作品における攻略対象のヒロイン」というシンボルを強調するのであれば、それは女性の姿をしていなければならないのでしょう。
そこに、本作が女装ものである意義があるのです。

これ、ユイが男性の姿をしていたら、女性主人公が男性を攻略する作品となりますので、それ、もう乙女ゲーやんとなってしまいかねません。
PC98時代からゲームをやってこられたような方は、何ごちゃごちゃ細かいこと言っているのかと思うかもしれません。
しかし、時代は変わるものであり、今のご時世、男性向け、乙女ゲー、純愛ゲー、陵辱ゲーと、やたら分離と棲み分けを望まれてしまう時代なのですよ。
だから男性向け作品として攻略されるヒロインを明確に示すならば、それは女性の姿をしていないと駄目なのです。

だったらユイを最初から女性にすれば良いとの意見もあるでしょう。
ごもっともです。
百合好きで、百合に頭が侵されている私は最初そう思いかけました。
でも待ってください、百合はそもそもノーマルではないのです。
「かきさく、てぇてぇ」とか言って、リアルにまで百合を見出し、女同士のカップルというのを自然に頭に思い浮かべてしまう私みたいな方が本来は異常なので、決してそれは一般化できるものではありません。
それにユイを女性にしてしまうと、本作の設定のあちこちに綻びがでてきてしまいます。
したがって、本作は女装が目的でも手段でもないけれど、女装することに意義はあるといえるのでしょう。

では、女装することに意義があるとして、その先に描きたかったものは何なのか。
様々な対立構造があり、希望もあるのかも分からないディストピア世界において、片桐ユイは特別な力があるわけでもなく、ましてや世界をかえる勇者でもありません。
作中では、突撃マニアの狂戦士(バーサーカー)とか言われたりもしていますが、それでも、フェミに殺されそうになった経験がトラウマになり、フェミの女性を見るとパニックをおこしてしまうような弱い存在です。
そんな彼が、女装をしなければ生きていくことさえ許されないような世界の中でどのように歩んでいくのか。
主人公としてヒロインのために奔走する立場となる場合もあれば、ヒロインという立場にもなりうる場合もあるのでしょう。
作中では「生まれてきた意味」という表現がなされていますが、歪な世界に翻弄されつつも、その中でユイがどのように歩んでいくのかを描いたのが本作であり、まさにタイトル通りの作品だなと思いますね。

他方で、もう一人の主人公である守屋ミク。
本作の世界設定にある男性対女性、AI対人類、前者に対応するのがユイであるならば、後者に対応するのがミクとなります。
そういう意味でも、ミク視点のストーリーはあって然るべきものだったのでしょう。
アンドロイドものとかシンギュラリティものが好きな人は、前半のユイ視点よりも、後半のミク視点の方が楽しめると思います。
個人的には、ユイ以外は眼中になく、それがCG上でも表現されていたところが好きでしたね。
公式サイトに書かれている「世界は、もう一度だけ恋をする。」という表現も、ミク視点のストーリーを読むとしっくりくると思います。

ミクについては、もっと露骨に生まれてきた意味や自身の歩む道を考えることになるわけでして。
結局のところ本作は、混乱した世界の中で、ユイやミクがどのような選択をしていくのか、その存在理由を求める生き様を描いた作品といえるのでしょう。
このような根幹がしっかりしているから、込み入った設定で、展開が次々とかわるにもかかわらず、読んでいる方に余計な混乱も与えることなく、シンプルにすっきりと終わらせることができたのだと思います。
終わり方に派手さやカタルシスのある作品ではないのですが、設定のわりに読みやすく、逆にこの内容ですっきり終わらせることの方が難しかったのではと思えてきますし、その辺りはライターが上手かったのでしょうね。

ここからは、私の邪推になります。
いや、私の邪推というか、ひと昔前に、エロゲレビューサイトとか一杯あって、考察することが大好きな人達が一杯いた頃であれば、誰かしら深読みして言い出していそうなことになります。

これね、穿った見方かもしれないけれど、結構皮肉や風刺が利いていませんか?
ミク視点で、現実見ろよっていう場面がありますが、二次オタに二次に逃避するのではなく、リアルをきちんとみろよというメッセージにも見えます。
ユイを女装という形でしか表現できないのも、今のエロゲ市場の狭い価値観に対する皮肉ともとれます。
同人云々のエピソードであるとか、勘繰りだすといろいろあるわけでして。
フェミニズムだの、シンギュラリティだの、ディストピアだの、ご大層な題材を最初に見せつけることで、それが上手くオブラートになっていますけどね。
そこまでライターが計算していたのであれば、脱帽としか言いようがないのでしょう。
深読みのしすぎかなと思いますし、私も別に本気で考えているわけでもないのですが、ひと昔前のユーザーだったら、絶対誰かしらこういうこと言い出していただろうなということで、あえて書いてみました。

<キャラ>

その他の点として、本作は好きなキャラも多かったです。
女装潜入ものって、主人公はバレてはいけないということで、あまり積極的に動けないことが割とあります。
そうなると、ミステリー分野におけるワトソン役のような、かわりに積極的に話を回してくれるキャラが必要になってくるところ、本作においては、義妹の片桐ヤエカがその役割を担っています。
こういう場を回せるキャラがいると、大分助かりますよね。

それから、個人的に好きだったのは、藤堂リン先輩ですね。
男勝りで鬼軍曹のようでいて、実は誰より乙女だったり。
人の面倒をみるのが大好きなくせに、実は本人が一番面倒くさかったり。
こういうキャラ、大好きです。

本作はストーリー重視の構造をとっています。
キャラゲーが足し算構造であるとすれば、ストーリー重視ゲーは、テーマから外れる余計なものを差し引いた引き算の構造になります。
エンタメ小説と純文学の関係に近いでしょうか。
本作の設定からすると、そこで描かれるべきは、片桐ユイの物語と守屋ミクの物語となるのでしょう。
それ以外は、すべて蛇足になってしまいます。
したがって、ストーリーの完成度という観点からは、藤堂リンの物語を本編に入れる余地はないのでしょう。
だから本作に含まれていないことには納得がいきます。
ただ、ファンディスクで良いから、リン先輩メインのシナリオを見てみたいものですね。

<グラフィック等>

原画の方の過去の作品については、それほど良いとも思わなかったのですが、本作のキャラは、とても可愛かったですね。

ただ、私の認識としては、本作で一番弱いのは、グラフィックだと思います。
いや、私はキャラデザは凄く気に入ったので、満足度は高いのですが、それは単なる好みとも言えますからね。
一枚絵や演出で特に工夫されているところもないので、私と異なりキャラデザが好みでない人からすれば、何の特徴もない作品にみえてしまうでしょう。
とはいえ、プラス評価となるほどの際立った特徴がないというだけで、演出等も水準以上であるとは思います。

他方で、OPはとても良かったですね。
OPのフルバージョンは、作品をプレイする前と後とでは印象が異なってくるというか、クリア後にみると、凄くしっくりくると思います。

<評価>

総合では文句なしに名作といえるでしょう。

その昔、私は『機動戦士ガンダムF91』を初めて見た時、あまり好きになれませんでした。
戦争ってまだ続いているよね、この後どうなるの、これ全然終わっていないよねって。
でも、私が気にしたことは、あの作品にとっては枝葉でしかないわけでして。
あの作品は、シーブックとセシリーの歩みを描いた作品であり、二人を通して家族を描いた作品でした。
その根幹部分はきちんと描き切ったのであり、戦争がその後どうなったかとか、コスモ貴族主義の考え方は現実的にどうなのかとかは、些末な枝葉部分でしかないのです。
それが理解できたとき、私は『F91』が大好きになりました。

本作も、際どい題材の枝葉部分が一杯あります。
そこにこだわりだすと、おそらく本作は楽しめないのでしょう。
大きな題材が転がりつつも、それらに深入りすることなく、そぎ落として絞り込んで、描きたかったものだけを描くというのは、見方次第では、こぢんまりと終わったという風に受け取られかねないですし、実は難しいことだと思います。
私自身、『F91』を初めて見た時の心理状態であれば、本作を楽しめなかったかもしれません。
しかし、描かれたものをあるがままに受け入れたとき、良くできている作品だなと思うわけでして。

ここ数年、ずっとキャラゲーが人気でしたが、2024年は、選択肢のないストーリー重視作品が増えた転機の年のような印象を受けました。
中身の面でも、ゲーム構造の面でも、実に2024年らしい作品であり、同年を象徴する作品だと思いますね。

ランク:AA-(傑作)

DL版

Last Updated on 2025-11-24 by katan

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