『猫撫ディストーション』は2011年にWIN用として、WHITESOFTから発売されました。
シナリオに元長柾木さんと藤木隻さんという、懐かしい名前が復活したことで注目された作品でしたね。
<概要>
ゲームジャンルはノベル系ADVになります。
あらすじ・・・妹である琴子はとある難病にかかっていた。
そのため、ほとんど一日中、部屋の中で本を読んだりして静かに過ごしていた。
驚かせて刺激やストレスを与えない為に、決して琴子の部屋の中には入ってはいけない決まりがあった。
ある日の夜、流星群が訪れて夜空に無数の流れ星が降り注いだ。
星や宇宙の写真を見るのが好きだった琴子に、流星の事を知らせようとドアを開けてしまう。
そこで主人公が見たのは、息をしていない琴子の姿。
それはドアを開けて驚かせてしまった事が原因なのか。
それともドアを開く前から息を引き取っていたのだろうか?
主人公は、琴子が死んだのは自分が原因という思いに囚われ、この一件から、物事を決定(あるいは確定)できない性格になってしまった。
こうして怠情な日々を過ごすようになった主人公だが、あの夜と同じように
夜空に流星群が降り注いだある日、ふと昔を思い出して琴子の部屋を訪ねると、なんとそこには元気な琴子の姿があったのだった。
しかも翌朝には父は母までもが琴子の死がなかったのごとく
振舞っており、さらには飼い猫までが人間の少女と変貌してしまう。
あまりの出来事に戸惑いながらも、状況に流されるまま、
主人公は家族との新たな関係を模索し始めるのだが……。
<感想>
ライターが懐かしい名前ばかりでしたので、注目していた古参の方も多かったのかなと。
個人的にも発売前から注目していたのですが、共に久しぶりのゲーム参加ですしブランドも新規なので、期待と不安が入り混じった作品でした。
さて、内容的には大雑把に言えば恋愛ものに属するのでしょうが、根本的に家族というテーマを量子力学で味付けした作品になります。
家族をテーマにしたゲームなんてのは、小説や映画にもはいて捨てるほどあるわけで、ゲームにだって幾つも存在します。
そういうものを普通に扱われても今更って思ってしまいますので、普通の恋愛ゲームにおける家族ネタには惹かれません。
本作は量子力学を手段として用いたわけで、その味付け方法や切り口といったところが、他とは異なるわけです。
まぁ、ぶっちゃけて言えば昔ながらの元長さんらしいのでしょうが、こういう手法で攻めてくる人はこの業界に他にいないですからね。
初めて見たときほどのインパクトはないにしても、まだまだ十分に個性・長所と言えるかと思います。
ここでポイントとなる部分が幾つかあるのですが、まず本作は量子力学或いはそこから近いところの哲学も絡んできますが、いずれも手段として用いています。
最終的には家族の在り方についての様々な見解に至っているのであり、それはある意味とてもシンプルで、そこに学術的要素は絡みません。
ゲームの中には哲学とか或いは他の学問でも良いのですが、それを目的とし独自の視点で切り込もうとするものがあります。
しかし、それを書かれてしまうとどうしても引っかかってしまいます。
悪いけど、素人の自称哲学とやらには興味がないわけでして。
そんな胡散臭いものに時間を割くくらいなら、端的に信頼の置ける人の著書を読んだ方がましだと思うのです。
本作は偶然か必然かはともかく、結果としてそこまで踏み込んでません。
初歩的な理論を道具に使いつつ、後は普通の物語として締めています。
だからあえて叩く要素もないわけです。
そういうわけで深く踏み込まれていない以上、根本的には、このゲームは考察するとか思考するといった類のゲームではありません。
家族というものを科学的な1側面から見てみたらこうなった、あとはそれをプレイヤーがどう感じるのか、結局はそういうゲームなんだと思いますね。
もっとも、幾ら目的ではなく手段だとは言っても、それが意味不明なら話になりません。
ライター独自の固有言語とか持ち出されるゲームもありますが、そういうのは何でもありっぽく不自然に感じますし、何より青臭い上に面倒臭いのであまり好きになれません。
その点、本作はあくまでも初歩的な量子力学の話ですので、不自然さもなく知っている人ならばすんなり入っていけるんですよね。
そうなると知らない人はどうするんだとか、或いは本文で解説されてもwikiコピペみたいな設定の垂れ流しは、逆に萎えるよと思う人が出てくるでしょう。
しかし、本作は必要なことは本文に噛み砕いて織り交ぜられています。
つまり、知らなくても十分に理解しえますし、設定垂れ流しみたいな醒める安直さもありません。
優れた学者が優れた物語を書けるわけではないので、その分野に興味を持たせるための入門的物語としては、本作は上手く出来ていたようにも思います。
とは言うものの、ここは読み手の性格にもよるでしょうね。
知らないことを漫画や物語で噛み砕いてくれた方が理解しやすい人も、一杯いるとは思います。
でも、そういうのは物語を読まなければ理解できないわけで、かえって冗長で理解を妨げると感じる人もいるでしょう。
時に専門書に当たった方が早く感じる場合もありますからね。
前者に当たる人は本分をじっくり噛み締めて読んだ方が良いですし、後者に当たる人は必要に応じて、
ネットなり本なりで調べた方が早いでしょう。
本編でもこと足りるのですが、プレイスタイルはお好みにってことですね。
ここで興味を持たせつつ、その先は専門書の世界へってことで、本来的には高校生とかに読ませたいストーリーでもありますけどね。
18禁作品のジレンマですね。
それと、こういう傾向の作品ですので、理系アレルギーのある人には全く向いていません。
哲学云々だけを聞いて理系アレルギーのある文系人間が手を出すと、たぶん良さが分からないでしょう。
本作が人を選ぶというのなら、選ぶ理由はその点だけです。
さて、少し個別部分を見てみますと、本作は琴子ルートだけが固定扱いで最後になります。
つまり、ここで物語の根幹たる部分が語られます。
それ以外は式子ルートの分量が多く、他のルートとも対になります。
若干のネタバレにもなりますので、ネタバレが嫌な人は次の段落は1つ飛ばしてください。
式子ルートでは永遠を求めるわけですが、そこでは変化による永遠を求めます。
他方、結衣ルートでは変化しない永遠を求めるわけで、永遠の求め方の点で対になるわけですね。
柚ルートはこの2者と異なる姿勢をとります。
1面では前2者が非現実を選ぶのに対し、柚ルートでは現実路線を選びます。
テーマに即するのなら、前2者は過去を捨ててのやりなおしを選ぶのに対し、柚ルートでは過去も含めた上での新たな1歩となります。
これら3者で主人公が観測者だったのに対し、ギズモルートでは主人公が観測される立場になります。
テーマに即するのなら、完全な仕切り直しですね。
主人公がラストで出会う少女が転生した姿か否かは書かれていませんが、だからこそ、そこに意味があるのでしょう。
推奨の順番は特にないのでしょうが、前提が異なってくるギズモは後の方が良いでしょう。
柚だと普通すぎるし、式子は量も多い上に対となるルートが多いので、途中の山場に持ってきた方が良いでしょう。
そのため、結衣・式子・柚・ギズモ・琴子が良いかなと思います。
結局のところ、このゲームに無駄なルートはないってことですね。
物事には幾つも考え方があるわけですが、小説ではあえて1つの見解を選択しなければなりません。
ゲームはマルチストーリーにもできるわけで、本作はこうも考えられるけどこうも考えられるってのを、端的に示したわけです。
いろんな属性のニーズに合わせて攻略キャラをおくのではなく、あくまでストーリー・テーマ先行なのであり、そういう意味では近年のゲームでは珍しい部類かもしれません。
逆にストーリー的には全部で1つの作品として纏まってみえますし、マルチストーリーの本来の在りようを示したようにも受け取れます。
個別のキャラに関しては、露骨な萌えを狙っていない分、私にはかえって好印象でした。
それでいて音声の力もあってか、個性は十分出ていましたし。
もっとも、逆に露骨でも良いから萌えが欲しいって人には、少々物足りないでしょうね。
それと、攻略対象は幼馴染はともかくとして、残りは母と姉と妹とペットの猫です。
字面だけ見るとかなりアブノーマルな感じにも思えますが、プレイするとほとんど普通のゲームって感じです。
近親というだけで絶対にNGって人以外は、おそらく大丈夫でしょう。
近親を活かした内容でない以上、逆にそういうものを求めようって人は期待しない方が良いです。
グラフィック面は演出部分が良かったですね。
絶えず画面に動きがありますので、見ていて楽しかったです。
動きといってもいろいろあるわけですが、多彩さというよりはその使い方が上手かったのでしょうね。
キャラが徐々に大きくなって遠くから来るのがわかったりして、遠近の使い方も良かったです。
たまに演出が良いと聞いてやってみると、複数の立ち絵をパタパタその場で動かしているだけのもあります。
そういうのは次第に飽きてきますし、人形劇みたいでかえって萎えます。
本作は意味のある動かし方が多いから、飽きずに楽しめるわけです。
また、テキストは噴出し調になっていて、固定されずあちこちからでます。
これが場所にも対応しているので、テキスト枠さえも空間を表現するのに用いられていました。
技術的には他社でもありえるので大幅なポイントとまではいきませんが、まだまだ少数ですし、十分長所とは言えるでしょう。
まぁ、絵もゲーム性も関係なくテキスト枠の中だけで判断する人には、この方式は合わないでしょうね。
しかし、ゲームはプレイヤーのアクションと、それに対応したリアクションによって構成されるもの。
本作は久しぶりにクリックが楽しいノベルゲームでしたね。
最近はホイールを回して読むことが多いのですが、本作はクリックしてプレイしましたから。
これは見てるだけとかオートモードでやるのは愚の骨頂であって、ぜひ自分でクリックしながらプレイしてもらいたいです。
それにしても、評価とは関係ない話ですが、私は少々見縊っていました。
ゲームを離れていた2人のライターに新規のブランド。
仮に優れたストーリーが書けても、小説をそのまま持ち込んだような、そんな作品になる可能性は大きいと思っていました。
そうであれば、私はとっとと小説作りに戻れと叩いていたでしょう。
しかし、実際にはこの作りですからね、正直驚いてしまいました。
ゲームと離れていたからこそ、逆に読むだけの媒体とゲームとの違いを、再認識することができたのかもしれませんね。
そうであるならば、この復帰は嬉しい限りです。
<評価>
総じて、ほぼ全てのパートで久しぶりに満足できた作品でした。
十分に名作だと思います。
ただ、傑作というには本当はもう一工夫欲しかったところでもあり、少し守りの姿勢に入ってしまったのかなと。
フロレや黒の剣やエリュシオンを作った人たちなのですから、もっとダークな要素も織り込めたはずです。
藤木隻さんなら、ここ数年うけているような陳腐な狂気に頼らない、リアルなダークさも描けたでしょう。
そこまでできれば文句なしだったわけで、少し綺麗過ぎましたね。
まぁ、そうした点で不満もないわけではないですが、それを考慮しても十分に面白い作品でした。
ランク:A(名作)
Last Updated on 2024-12-14 by katan
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