『鏡 ~mirror~』は1992年にPC98用として、スタジオ・トゥインクルから発売されました。
バーディソフトから独立したCAL制作メンバーの新ブランド第1作目でした。
<はじめに>
ゲームジャンルはノベル系ADVになります。
少し余談から入ります。
PC98時代の作品と言うと、やれ東の横綱に西の横綱であるとか、或いは3強であるとかそういう語り口になりやすいんですよね。
エルフとアリスの作品をやっていれば十分、或いは3強のエルフ・アリス・アイデスの作品で十分みたいな。
確かに、これらのブランドに優れた作品が多いのは間違いないのだけれど、名作や良作はもっともっと一杯あるわけですよ。
入門で少しだけ触れてみるとか、ブームに乗るためにやるのなら、そしてプレイ本数に限りがあるのであれば、それでも必ずしも間違ってないでしょう。
でもこれを読んでいる人の多く、特に一杯やっている人ほど反発したくなるのではないでしょうか。
その2社だけでは今のエロゲは語りつくせない、名作や特徴のある作品は他にも一杯あるって。
そういうことは、いつの時代もあるんですよね。
PC98時代で言えば御三家以外にも熱狂的なファンを生んだブランドもあり、決して御三家だけで全てが語りつくせるわけでもない。
WIN95以降の90年代後半だってそうです。
昔は熱く語る人もいたかもだけど、最近は段々と葉鍵とそこから生まれた泣きゲーの流ればかり。それは90年代後半の一つの側面ではあるのだけれど、葉鍵と泣きゲー以外にも一杯あるのです。
PC98の時代は御三家、90年代後半は葉鍵、ゼロ年代に入るとあのライターもこのライターもいるって論調を見ると、あぁこの人は何も知らないのだなって思ってしまう。
何でこういうことを書いているかと言うと、知らない人が過去を遡って調べる場合と、当時に見えた景色が異なりうるからなのです。
泣きゲーのブームは皆知っている。
そのきっかけは鍵の作品だ。
その作品の形式をWIN95で遡るならば、葉の作品につながる。
ここまでは誰でもたどり着く。
でも、それ以前のノベル形式の作品であるとか、「ノベル」と題して発売された作品には言及しない。
PC98からWIN95への変化という大きな変化を挟んだこともあって、そこに断絶状態が生じ、語られにくくなってしまっているんですね。
じゃあPC98時代はどうなのかというと、これまた必ずしも一つにつながっているわけでもなかったりします。
PC98後期、つまり90年代半ばに始めた人の視点だと、どうしても東西横綱であるとか、少し広げて御三家であるとか、そういう視点になってしまうのです。
だから過去を遡るにしても、御三家が80年代に出した初期の作品は何だったのかとか、そういう視点だけになってしまうわけですね。
御三家の80年代を振り返るというのは決して間違ってはいないのだけれど、それだけでは当時の人気路線を抑えることはできないのですよ。
90年代後半に始めつつ過去を遡ろうとした人の話からは中々出てこない、或いは出てきても扱いが非常に小さくなる、他方でリアルタイムで過ごした人の話を聞くと、熱く語られるブランドの筆頭が、おそらくバーディソフトなのではないでしょうか。
もし古い作品にも興味がありますという人で、バーディソフトが分からないのであれば、それは情報源が偏っていると認識しなおした方が良いです。
エルフやアリスのようなゲーム性はないけれど、当時最高峰のグラフィックに優れたシナリオ、優れたサウンドを擁し、90年代頭に熱烈な支持者を生んだのがバーディソフトでした。
開発ラインを3本も有する大きなブランドでもあり、人気シリーズは数万本レベルで売れていたようです。
今でも数万売れると言える作品は少ないですが、90年代頭はPCの普及率は格段に少ないですからね。
バーディソフトの人気がどれだけあったかも、作品を知らずともこれだけで分かるのではないでしょうか。
もしかしたらエルフ以上の存在にもなりえたし、瞬間最大風速なら確実にエルフ以上だったバーディソフト。
それなのに何で90年代半ば以降始めた人に知られていないかというと、それぞれのラインが分裂・独立をしてしまったからなんですね。
主力が皆いなくなって、残った中で出された作品が芳しくなかったことから、急激に衰え解散してしまうのです。
だから90年代半ば以降にPC98の作品を始めると存在や勢いを知らなかったり、ブランドが消滅してしまうので過去を遡って調べようにも、断絶が生じて辿りつかないのです。
89年頃からストーリー重視の流れも生まれていて、そこからもバーディソフトにたどりつきます。
また、PC88からPC98への移行に伴いグラフィックも非常に向上するのですが、そのグラフィックの質の方面の話でもバーディソフトは絶対外せません。
様々な角度から外せないはずのブランドなのですが、過去を遡るという視点からだと漏れやすいんですよね。
これには他にも要因があって、80年代前半から半ばには光栄の黒歴史とかPSKのロリゲーとかがあって、ミニゲームにご褒美のCGって作品が多かったんですね。
そんな時期は80年代後半には脱却していたのですが、90年代に力のあったエルフやアリスはゲーム性重視でしたからね。
80年代前半的なミニゲームとご褒美の構図から、エルフアリス的なゲーム性重視へは一見すると流れも良さそうに見えるし、書きやすいのです。
だからつなげて書いちゃう人が多いんですよね。
その代わり、ストーリー重視の流れなどがごっそり落ちてしまうのです。
どことは言いませんが、何でシナリオ重視の流れを書かないのかと、以前歴史を書いたコラムに質問をしたことがあります。
その答えが分かりやすくするために、あえて無視したと。
いや、そんなこと何も知らない読者は分からないでしょうに。
何の断りも入れず無視するなよと思ってしまいましたが、バーディソフト的視点が書かれていない過去の話は、それだけで何かおかしいと考えた方が良いでしょう。
まぁ前述のように私はエルフやアリス信者でしたので、あまりバーディの作品は好きでもなかったんですけどね。
だからエルフアリスをやっておけば十分的な視点にもなりがちなのですが、『CAL2』こそ最高と言う人も多数いたわけで、そういう人の視点からは、市販の書籍とは全く異なる歴史が見えていたでしょう。
つまり、エルフやアリスだけでは足りないということですね。
<概要>
前置きの方が非常に長くなってしまったのですが、当時最高の作品として必ず名が挙がるであろう中に『CAL2』があります。
主要メンバーはグラフィックの美龍さんに林家志弦さん、シナリオのあきまさきさんらでした。
そのメンバーらが独立しスタジオ・トゥインクルを設立しました。
『鏡 ~mirror~』は、その新ブランドのデビュー作になります。
今なら誰が作ったかすぐにネットなどで調べられますが、当時は情報源が限られていましたからね。
新ブランドのデビュー作を誰が作ったかなんて知っている人も限られており、セールス的には芳しくなかったようですね。
また、本作は18禁ではありませんでした。
91年の沙織事件後で92年はソフ倫誕生の年ですし、全体的にエロ薄の作品も多かった年なのですが、もうシナリオ勝負でエロゲであることもやめた作品も出てきたということで、この時期らしい作品とも言えるかもしれませんね。
もっとも、本作の場合、上半身の裸とかは出てくるので、今なら15禁くらいには相当するかもしれませんけどね。
何れにしろエロ目的の人は買わないでしょう。
今でもエロには頼らないシナリオやグラフィックで勝負と、一般PCゲーに流れる動きもあります。
時代は繰り返すというか、規制が生まれるたびにそういう流れはあるんですよね。
でもシナリオ重視ですって言う人が増えた今でも、いざ完全なエロなしになってしまうと、セールス的には難しいようでして。
今でもそうなら、当時は尚更苦しいだろうなというのも、容易に想像できるのではないでしょうか。
<ストーリー>
さて、ここからようやく中身に入りますが、まずはストーリーから。
人とは違う人生を送りたいと思っていた主人公は、もう一つの現実へ導いてくれる「鏡」という店に案内されます。
そこで待っていた2人の少女に導かれ、主人公は2つの物語を体験することになります。
具体的には、記憶喪失となり入院している主人公が病院で少女と出会い、少女との恋愛ストーリーが展開されます。
舞台は病院で少女もどちらも入院患者なので、病院を舞台にしたボーイミーツガール物語を2本読むって感じですね。
ヒロインも患者で失明の危機を有しているとか、不知の病だったりとかで、淡いとか哀しげとかそんな感じのストーリーになります。
基本的には、そのヒロインとの会話を中心としつつ、看護婦さんとの会話であるとか、個性的な他の患者との会話を楽しむ作品でした。
ヒロインの設定の関係で哀しめであったり、ちょっとホラーじみた雰囲気があったり、それでいて個性的なサブキャラのおかげで妙な軽いノリもあったりで、読んでいて楽しめる内容だったのかなと。
まぁ仮に今プレイしたら普通過ぎて面白みが伝わりにくいかもしれませんが、これが出たのは92年ですからね。
純粋な恋愛ゲー自体がまだ少ない時代でしたので、少なくとも当時ならマンネリ的な印象は抱かないはずですし、むしろ新鮮な感覚でプレイした人の方が多いのではないでしょうか。
個人的にはそれほど好きなわけでもないのですが、当時としては比較的珍しい類の作品ではあったと思います。
<感想>
比較的珍しいという意味では、ゲームデザインもそうなのでしょう。
簡単に言っちゃうとね、今のノベルと一緒なんです。
基本は立ち絵のキャラが表示され、下に3行ほどのテキスト欄、そして時々一枚絵が用いられるわけですね。
プレイは基本的に読み進めるだけであり、たまに選択肢が登場します。
この当時のノベルというのは、例えば家庭用のサウンドノベルであるとか、或いは93年以降の『河原崎家の一族』などもそうなのですが、簡単に言えばゲームブック的な構造であり、選択肢を選ぶことで即座に様々な展開に変化するものが多いです。
他方で、今のノベルは、個々の選択肢で大きく展開が変わるのではなく、テキストがちょっと変化したりとか、好感度が積み重なることで最終的にENDに影響するとか、そういうゲームブックとは少し異なる構造の作品が多いと思います。
ノベルと言っても構造が異なるので、本当は言葉を変えた方が良いのでしょうけどね。
個人的には読ませることを主としたノベルは、最初にその理念を打ち出したノベルウェアで良いように思うのですが、ノベルウェアは80年代のPCゲーということもあり知名度が低いですからね。
最近は読ませることを主としたノベルという意味で、ビジュアルノベルという言葉を用いる人も増えているように見えますし。
まぁ言葉は何でも良いのですが、そうしたノベルウェアであるとかビジュアルノベル的な、読ませる構造だったのが『鏡 ~mirror~』だったのです。
上記のように読み進めつつ、たまに選択肢を選ぶだけなので、当時多かったコマンド選択式のように、コマンドを総当りするようなことは、一切ありません。
かと言って、サウンドノベルや河原崎系のように、個々の選択肢で大きく何かが変わっていくこともありません。
一応マルチENDだったはずですが、基本は選択肢でセリフの違いを楽しみつつ、2本の恋愛シナリオを堪能するって作品になります。
まんま今のノベルと同じような構造と言えるでしょうね。
だから今の視点で見ると何の変哲もないように思うかもしれませんが、当時はコマンド選択式や他の形式のADVも多かったので、珍しい形式だったことは間違いないのでしょう。
今だとコマンド選択式はだるいって嫌う人もいるので、本作のようなシステムの方が間違いなく好かれるでしょう。
ただ、価値観ってやっぱり時代によって異なりますからね。
単純にコマンド選択式が好きだって人も多かったですし、スキップもないので、選択肢による細かな違いを見るのに何週もすることはだるい、だったら最初からコマンド選択で全部試せる方が良いとの考えも、十分にありえたわけで、今と同じようなノベル形式は、必ずしも良い評価につながったとは言えないのでしょう。
もちろんコマンド選択の煩わしさがないと、本作を気に入った人もいるでしょうし、この辺は本当に好みや価値観で変わってしまいます。
グラフィックは十分に水準以上ではあったと思いますし、幻想的で惹かれるCGも幾つもあったのも確かなのですが、少しおかしな部分もあり、バーディ時代ほどの突出した感じではなかったかなと。
サウンドは、当時としては珍しくMIDI音源にも対応していました。
MIDI音源の方でプレイしていなかったので違いは分かりませんが、対応しているだけでも優れた方と言えるでしょうね。
<感想・総合>
というわけで、初プレイ時の印象だけなら佳作程度なのですが、読んでお分かりのように今の視点からは普通に見えるようでいても、当時の周りの作品と比べると十分に異彩を放っていたわけでして。
様々な付加価値も考慮しつつ、総合では良作としておきます。
ランク:B-(良作)
Last Updated on 2024-09-15 by katan
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