『痕』は1996年にPC98用として、leafから発売されました。
leafを中堅ブランドまで押し上げた、初期の代表作ですね。
<概要>
ゲームジャンルはノベル系ADVになります。
具体的には、画面全体をテキストが覆う、いわゆるビジュアルノベルになります。
あらすじ・・・
別居中だった父親の、突然の事故死から早一ヶ月。
せめて四十九日の間くらいはと、大学の長い夏休みの終わり、主人公はかねてから予定していた旅行を取りやめ、田舎にある父親の実家へと訪れた。
幼い頃に両親を亡くし、主人公の父親に扶養されていた従姉妹たちも、悲しみに明け暮れていた日々に決別し、徐々に明るい笑顔を取り戻しつつあった。
心に深い痕を残したまま、主人公を優しく迎え入れてくれる彼女たち。
だが事件は、そんな彼女たちの心を、冷たく非情に引き裂いていった…。
<はじめに>
上手く恋愛ブームに乗っかり業界トップにまで成長したleafですが、それは97年の『TO HEART』の大ヒットによるものでした。
しかし今でもそうですが、売れるのと面白いのは別ですからね。
『TO HEART』はライトな新規ユーザーに支持されたのであり、シナリオ重視と考える人の中には、『TO HEART』が合わなかった人も多かったわけでして。
そういう人に支持された&オススメできたのが、この『痕』だったんですね。
客引きは『TO HEART』だったけど、leafの品質の良さを保障し屋台骨となった作品は『痕』でした。
さて、私も当然『痕』はプレイしているし、プレイ後はああ~面白かったね~とは思いました。
この当時はまだleafはマイナーな存在であったので、マイナーな良作とか隠れた良作的な印象を抱いたものです。
ところが、私が面白いと考えた以上に、世間の一部での絶賛の声の方が高かったものでして。
これには正直驚かされたものです。
評価された理由、プラスの理由は幾つかあるでしょうが、とりあえずそれは後にまわすとして、まずは私が世間より評価が低い理由から入るとしましょう。
<ゲームデザイン>
まずシステムですね。
leafは当時、ビジュアルノベルという言葉を用いていましたが、それは画面全体をテキストで覆うという意味でしかなく、ビジュアルノベルと称されていても、実はどれもゲームシステムが異なっていました。
例えば『雫』は、『かまいたちの夜』みたいにどんどん展開が分岐していくタイプだし、『TO HEART』は実質的にマップ選択式のADVと変わらず、あれは構造的にはコマンド選択式であり、本当はノベルですらありません。
それに対して『痕』は、マルチエンドではあるものの、実質的には1本道に近いです。
より読ませる方向性が強いということでもあり、80年代のノベルウェアの流れを汲む作品と言えるのでしょう。
他方で『痕』は、そういう構造であるが故に、およそゲーム性という面では、3作の中でも一番弱くなっています。
1週目は強制BADで2週目をやらなければならないのも、そして同じ展開を読まされるというのも、個人的には悪印象でした。
例えば、総当り必須な出来の悪いコマンド選択式を叩く人がいますが、それと本作とで何が違うのかという疑問もありますし、他にもどうにもやらされている印象が強くってね。
強制BADではプレイヤーの努力は無駄になってしまうし、ゲームであることすら否定していることになりかねませんから、構造としては最悪です。
少し余談になるのだけれど・・・私はさ、何だかんだ文句は言っても半ば愛情の裏返しでもあり、同じものばかりになるのを危惧してしつこく言うことも多いんですよね。
だから、ただ読むだけの作品もわりと楽しめちゃうし、傑作だって絶賛する作品も多いのですよ。
だからまだやってるんです。
でもね、私と同世代でもう止めた人は一杯います。
それをね、年や環境のせいだと言う人もいる。
それも確かにあるんだろうけどね、本当に好きなら本数減らしても止めないよ。
私と同年代で途中からノベルが嫌いになった人がいるけれど、その理由は『痕』のような構造のが増えたからなんですよね。
同じノベルゲームと言われるジャンルであっても、それこそ『かまいたちの夜』とかはさ、プレイヤーの努力次第で一発で真のEDに行けるわけで。
そのプレイヤーの努力次第で変わるってのも、ゲーム性の一つなんだよ。
また最初から好きなEDに行けるのなら、嫌いなEDや興味の無いEDは見なくてすむわけで、見ないというのも一つの選択なんだよ。
そういう選択の幅があるのも、広い意味でゲーム性なんだよ。
ゲーム性って言葉を使うと拒否反応起こす人もいるから、だったら言葉は別のものでも構わない。
とにかく『かまいたちの夜』とかPC98時代のノベルとかには、まだプレイヤーの自由というものがあった。
それが全てのルートクリアが必須になり、初プレイで真のEDに行けなくなると、興味の無い展開も全部読むことが必須になり、プレイヤーの努力も意味をなくしてしまう。
また一気に完全にクリアできないと駄目だから、時間がないと億劫にもなる。
2003年頃からエロゲの売上が減ってきた。
この前、調べたらさ、2003年の主なタイトルは、オールクリア必須作品が急激に増えていた。
他の年とは明らかに異なる傾向と呼べるくらいに増えていた。
オールクリア必須作品は高く評価されることも多いし、それ故に好きな人は気付かないのだろうけどね、外的事情だけでなくこういうのが増えたことも、ユーザー離れにつながってしまうのですよ。
というわけで、私には単に嫌いなシステムというだけで許容範囲内ではあるのだけれど、許容範囲を超えてやめる原因になる人もいるということですね。
そうしてやめていった人の話を聞くまで、私自身もそこまで深刻な問題だとは認識していなかっただけに、とても衝撃的に思えたものです。
エロゲユーザーの輪の中にいる時は気付けない、でも離れた人は語ることがないから中々出てこないのだけれど、こういう側面があることは忘れてはならないのです。
<ストーリー>
閑話休題。
ゲーム性が低くてもその分ストーリーを堪能できれば、それはそれで良いのでしょう。
しかし客観的な面から言えば、やや分量が足りなかったです。
最近のノベルに慣れた人がやったら、この少ないボリュームには拍子抜けするんじゃないでしょうか。
まぁ、今の作品と比べるのは卑怯なので、当時の基準で考える必要がありますが、水準は保っているけど同年の他の大作と比べてもやっぱり足りないです。
コストパフォーマンスは、決して良くはなかったですね。
一応それを補うためにオマケがあるのでしょうが、オマケの一部は盗作で、その盗作がばれて削除しましたから論外です。
まぁ、他の業界だと作品の一部にでも盗作があれば、作品全体が否定されちゃうのでしょうが、エロゲではそうならない辺り、その程度の業界かと思わされてしまいますね。
次に主観的なというか、内容的な面ですね。
ストーリーが凄い凄いと絶賛されたのだけれど、私にはそれ程のものかと首を傾げざるを得なかったわけでして。
それでもまだ、長女と次女までは良かったんですけどね、オチというか起承転結の転と結に当たる三女と四女が今一歩だった気がして。
だから全体として、竜頭蛇尾な印象になってしまいました。
これは好みの問題もあるのでしょうが、最後まで伝奇で通して欲しかったかなと。
伝奇小説の名作に『石の血脈』がありますが、それも途中までは凄く面白かったんです。
それこそ、こんな小説他にはないよってなくらいに興奮しました。
ただ、後半でSFになっていったんですね。
そして、そこから醒めていったんです。
私は、オチにSFを使う伝奇はあまり肌に合わないのでしょう。
傑作と誉れ高い『石の血脈』ですらそう思うんですからね、『痕』ならなおさらですよ。
『痕』はそれなりに面白いのだけれど、私には『痕』は、『石の血脈』をスケールダウンした作品にしか思えませんでしたからね。
うん、好みの問題もあるけれど、仮にこの手が好きでも、『石の血脈』がある以上、いずれにしろ『痕』の評価は伸びなかったでしょうね。
<グラフィック>
加えて、背景とかのグラフィックもあまり好きになれなかったです。
サウンドノベルに対してのビジュアルノベルということで、セールスを視野に入れたキャッチコピーとしては、上手かったと思いますけどね。
美少女が前面に出てくるべきアダルトゲームにおいて、そのキャラの上に安易に何の工夫もなしにテキストをかぶせてしまうというのは、ハッキリ言ってナンセンスだと思います。
キャラがシルエットのサウンドノベルならば、シルエットとテキストを重ねても大した問題はないのでしょう。
それならばテキストを画面全体に表示して、画面内の情報量を増やそうという趣旨も理解できます。
しかしキャラの絵が大事なアダルトゲームでは、上記の趣旨は妥当しません。
そのために、どうしても安易に真似てみただけという印象になるのです。
実際、アダルトゲームにおいて、美少女を文字で隠すことはナンセンスと皆が思ったから、結局はビジュアルノベルスタイルは浸透しなかったのでしょう。
<感想>
さて、当時の私ですらそう感じたわけですからね、おそらく最近になってこのゲームに触れた人の中には、ストーリーやボリューム面でそんなに凄いとは思えないって人も、結構出てくるのではないかと思います。
それを、当時はこの程度でもウケたんだろうって片付ける人も多いですが、それはちょっと昔のユーザーを馬鹿にした話であって、ヒットした理由と共にもう少し煮詰める必要があるのかなと。
と言うことで、今度は当時支持された理由を考えてみたいと思いますが、理由には幾つか挙げられると思います。
1つ目は、萌えキャラがいたこと、ないし強烈な「萌え」が存在したです。
シナリオゲーという言葉が強調されることで、今は軽視されていますが、実際にはこの部分が一番大きかったと思います。
当時のleaf作品は、後の萌えブームの先駆けに位置していたと考えられますが、あのキャラ絵が同人作家たちには模倣しやすく、二次創作に適していたことで支持を得たことが大きいのです。
シナリオゲーならライターの名前だけ挙げれば良いはずですが、当時、高橋ゲーではなく、水無月&高橋という風に、原画とシナリオをセットにした表現が用いられていた意味を、決して忘れてはならないのです。
いずれにしろ当時の信者に言わせると、『痕』にはあらゆる「萌え」のパターンが詰まっているそうですから。
いつの間にかシナリオゲーみたいに扱われているけれど、元々は「萌えゲー」として同人界隈で支持された作品ですからね。
その点は忘れてはならないのでしょう。
萌えキャラのいる作品は、この当時だと、恋愛ゲーに集中していました。
しかし、萌えキャラがいることと、恋愛ゲーであることは、イコールの関係にはならないはずです。
恋愛メインではない、萌えゲーがあっても良いではないですか。
そうした需要にいち早く対応したのが、本作といえるのでしょう。
2つ目は、ヒットの下地が出来ていたこと。
コラムなんかでは書いているので省略しますが、ADVとノベルは構造からして違います。
ノベルゲーム自体は80年代からありますが、当時のADVファンには必ずしも歓迎されたとは言えませんでした。
もっとも、当然ノベルを好む層もいるわけでして、特に94年以降のSFCではノベルゲームが増え、そこで増えたノベルファンがアダルトゲームにも手を出していった事が、本作には大きかったのだと思います。
これにはWIN95の登場で、アダルトゲームに新規に入ってきたユーザーが増えたことも関連しますね。
そもそも、一連のビジュアルノベル自体が、かまいたち程度なら俺たちでも作れますよってことで、それで企画されたものですからね。
SFCでのノベル需要の発生がなければ、作られてさえいなかったかもしれません。
3つ目がストーリーに関する背景事情です。
80年代中ごろまでは、ローファンタジーの名作がたくさんありました。
もっとも、80年代後半からRPGの繁栄もあって、小説等の他媒体でもハイファンタジーばかりになりました。
80年代後半から90年代半ばまでに青春を過ごした人にとっては、ファンタジー=ハイファンタジーだったわけです。
女の子向けの魔女っ子アニメとかでエブリデイマジックはありましたが、それ以外にローファンタジーの代表的な作品は皆無に近かったですしね。
つまり、ローファンタジーに対する免疫が全然なかったんです。
他方で伝奇としても、これまた80年代後半までは元気だったのですが、90年代に入る頃から伝奇は氷河期に入ります。
だから次第に、伝奇自体に馴染みのない人も増えていたのでしょう。
人は慣れ親しんだ目の肥えたものには厳しくなるけど、知らずに新鮮に感じたものには甘くなりますからね。
『痕』は伝奇ものですので、伝奇というだけで珍しかった上に、ハイとローではローファンタジーに属します。
したがって、ローファンタジーであったことの珍しさも加わるわけですね。
アダルトゲームの流行という観点から言えば、近年は叙述物であれば何でも馬鹿みたいに高く評価されたりします。
その少し前はループ物でしたね。
どっかの小説からネタを拾ってきたようなゲームが絶賛される現状には、ちょっと首を傾げざるを得ない面もあるわけでして。
まぁ、それは今回の趣旨からずれるので省略しますが、叙述ネタにしてもループネタにしても他媒体を探せば幾らでもあるのに、ゲームでは珍しいってことで絶賛されているわけです。
でもね、『痕』が出た当時には、伝奇やローファンタジーはほとんど無くなっていたんです。
他媒体に一杯あるのと他媒体にもないのとでは、全然違いますよね。
こうした点がストーリーに対する高評価にも繋がったのでしょう。
そういう意味では、高評価を得た理由も十分納得できるかと思います。
ただ、80年代半ば以前の古い伝奇に慣れ親しんだ人には、本作は、はたしてどうだったのかなとは思いますけどね。
そういう意味では、やっぱり当時のライトユーザー向け、初心者向けだったのでしょう。
ライトユーザーでも「にわか」でも言葉は何でも構いませんが、その全てが恋愛ゲーム好きとは限りませんからね。
恋愛系が好きなら『TOHEART』へ流れ、それ以外はこっちに流れただけかもしれません。
同じことは現在にも当てはまります。
90年代半ばまでのラノベは、それこそハイファンタジーばっかりでした。
でも、今のラノベはローファンタジーばっかりですよね。
ラノベにも当然転機となったことがあったわけでして。
『ブギーポップは笑わない』なんかがヒットしたのも、ハイファンタジーばかりな中で、ローファンタジーのブギポが異彩を放っていたからでしょうし。
こうした作品の傾向がその後の電撃文庫のイメージにも影響を及ぼし、以後のラノベはローファンタジーばかりになっていったわけです。
そうなると、90年代後半以降からラノベを読み始めた人には、ローファンタジーって凄くありふれた身近なものなんですよね。
そういう人たちが今更『痕』をやっても、おそらくそれ程凄いとは思わないんじゃないでしょうか。
中には何が良いのかサッパリって言う人もいるかとは思いますが、その人はローファンタジー作品に精通している人なんじゃないかなって、そう思うのです。
<評価>
結局のところ、竜頭蛇尾な本作は、ストーリーだけなら全然大したことはないし、ゲームデザインにいたってはマイナスにすらなりうる構造の作品といえます。
もっとも、時代が萌えゲーを求めだし、まだ市場に恋愛メインの萌えゲーしかなかったことから、恋愛メインではない萌えゲーの潜在的需要も高まっていったところ、その需要にいち早く対応したのが本作だといえるのでしょう。
非恋愛系萌えゲーという、当時まだブルーオーシャンだった分野に注目し、しかもこれまた伝奇というゲーマーに馴染みの薄い競合のいない分野で挑んだことから、ユーザーの合格ラインも下がり、優れてみえたということなのだと思います。
放っておいても、どこかがこういう作品を出したとは思いますが、何でも最初というのは大事でして。
萌えゲー市場に恋愛メインでなく、それ以外のストーリーも楽しめる作品を持ち込んだということで、総合でも良作とします。
というわけで、エロゲ≒萌えゲーという視点しかない人にとっては、つまり萌えゲーだけに絞って見れば、確かに本作は恋愛ゲーしかなかった萌えゲー市場に恋愛メインでないストーリーも楽しめる作品を生み出したということで、画期的に見えたんだろうなと思ったり。
他方、私としては、そんな萌えゲーだけに絞って考えるなんてナンセンスと考えますので、本作が特別に見えることはなかったということですね。
いずれにしろ、この辺は、エロゲ≒萌えゲーと考える人たち(当時は結構いた)と、そうでない人とでは、見える景色が全然違うのだろうなと思います。
ランク:B-(良作)
Last Updated on 2024-11-17 by katan
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