『露草ユーフォリア』は2015年にWIN用として、7-FIELDから発売されました。
試みとしては良かったですね。
<概要>
ゲームジャンルはノベル系ADVになります。
あらすじ・・・羽瀬宮エリアシティー。
この街には、人間の[判断]に干渉する特殊な権限が存在する。名を「UR」。
2045年7月20日。この権限の行使者を選定するためのテストである「イミテーションゲーム」が開催された。
期間は11日。参加者は6名。形式はその名の通り、ニセモノ探し。
そしてもう一人。とある研究者がゲームの観測を依頼される。
観測するのはやはり、判断。企業都市という歪んだ街の環境。
強力な権限の歪みに呑まれた人々。ニセモノ探しが歪める嘘と真実の境。
歪んだ判断の集積。その果てで、最後の判断は研究者によって下される。
商品紹介・・・本作ではプレイヤーキャラクターである観測者がナビゲーターから聞かされる、6人の主人公たちの判断記録(思考や行動の履歴)が物語の主軸となっています。
I.G観測と呼ばれる1回の区切りごとに6人の中から3人の観測対象者が選ばれ、その3名の判断記録が時系列に沿って入れ替わりながら解説されます。
その後、ナビゲーターと観測者の間で会話が交わされます。
観測者はこの中で主人公たちに情報提供(選択肢)を行います。
これらのパートを繰り返すことで全体のストーリーが展開して行きます。
I.G観測では、毎回3人の主人公についての判断記録を解説されます。
判断記録は各主人公の一人称視点で表現されており、進行させていく事によって6人分の視点でストーリーが展開されて行きます。
イミテーションゲーム全期間中の、全参加者の判断記録が解説されますので騙し合いにおける各参加者の思惑や反応を、それぞれの視点から把握できます。
<感想>
本作はグラフィックという観点からも、音声という観点からも全く楽しむことはできません。
ハッキリ言うと、ストーリーを追う楽しみしかないわけでして。
最初に言ってしまいますが、小説でも十分だよねと思えてしまう作品は、自分の場合はどうしても印象が悪くなってしまいます。
もっとも、ストーリー自体は良かったです。
作品の性質上もあってか最初からとはいきませんが、6人の思惑が錯綜するストーリーは、読み進めることにより面白さを増します。
このストーリーこそが、本作最大の魅力であり、同時にそれしか見所もないということで、良くも悪くも、いわゆるシナリオゲーとなるのでしょうね。
とは言うものの、本作にはもう一つ特徴がありまして。
本作におけるプレイヤーは観測者であり、作品内における選択肢は情報提供という意味合いになります。
そのため、選択肢を選んだとしても、登場人物らがこちらの選択に従うとは限らないのです。
それでふと思ったことがあります。
例えばHOG(アイテム探し)というジャンルがあります。
最近はADVとの融合が進行し、ADVの中の一ジャンルとして捉えることもできるのでしょう。
このジャンル、今でこそ私もプレイしていますが、最初はバカだろと思ったものです。
海外におけるADVの主流はポイント&クリック式ですが、同じジャンル内においても当然ピンからキリまで存在します。
特に当該ジャンルにおいてはピクセルハンティングという行為、即ち画面内のある一点をクリックする必要があるために、それを探すべく画面内の隅々を調べさせる行為が毛嫌いされていまして。
HOGというジャンルは、まさにそのピクセルハンティングを延々とやらされるようなものであり、実は従来のADVの価値観とは正反対のジャンルなのです。
言い換えればADVにおける負の要素を切り取ってきたような、まるで意味不明な発想だったはずなのに・・・誰かが注目して一つのジャンルとして確立しちゃったんですよね~
本来なら一番否定的になりそうな自分が楽しめるようになったのだから、少なくとも一つの方向性として昇華したと言えるのでしょう。
ノベルゲーなど選択肢の登場するADVはありますが、選択の結果が作中に反映されないのであれば、それはゲームの否定であると、昔はそう考えるような人が一杯いたわけでして。
90年代までのADVで今でも名作として名の残る作品がある一方で、それ以上に多くの作品が埋もれていきました。
じゃあ名の残らなかった作品はストーリーが悪かったのかというと、もちろん酷い内容のも多いのですが、中には名作と呼ばれる作品に勝るとも劣らない作品もあるわけでして。
名作と呼ばれ今でも名の残る作品よりストーリーが良いのに、それでも埋もれていったのには何かしら理由があるわけですが、当時低く評価した人の意見を見てみると、選択が作中に反映されないという理由が挙げられた作品もあるのです。
つまり昔になればなるほど、仮にストーリーが良かったとしても、ゲーム内に自分の意思が反映できなければ高くは評価されなかったのです。
ゼロ年代に入る頃になると、ノベルゲーが大半になります。
その中に今では名作扱いされているものの、主人公が選択の結果に反する行為をとる作品がありまして。
当然それに否定的な人もいましたが、そういう人は次第に引退して語らなくなっちゃうのですよ。
結果として気にならない人がユーザーとして残るわけですから、肯定意見ばかりとなり、名作として名が残るというわけです。
だからまぁ、今だと全く違和感のない人もいるだろなと思いつつも、選択の結果が反映されないというのは、元々は負の要素であり、本作はそれを特徴として取り出してきたことになるのです。
もっとも、上記のHOGで言うならば、アイテム探しはそういうジャンルなのだと開き直られたら、こちらはもう何も言えなくなるのと同じで、本作のようにプレイヤーは観測者だと開き直られてしまったら、そういうジャンルなんだねと、それ以上何も言えなくなるわけでして。
プレイヤーは読み手・観測者でしかありません、だから選択肢の内容が反映されるとは限りませんと、そう前置きする作品が今後増えることも考えられますし、そうなると一つの方向性として確立されていくことになるかもしれません。
そういう意味では、今後の動向も含めて興味深い話でもあるのですが、本作に限っていうならば、はたしてゲームデザインとしてどうだったのかなと思うわけでして。
選択の結果に縛られないADVは既に幾つかありますが、リアルタイムでキャラが自由に行動している作品の方が、プレイヤーの意思が反映できないことに説得力があると言えます。
ましてや本作のような群像劇の場合、多数のキャラが各自の思惑に従い行動しているわけですからね。
その動きをもっと視覚的に表現するためにも、ノベルゲーではない方が良かったのでしょう。
他にも、読まされる意識の強いノベルゲーと、プレイヤーの意思が反映されにくいゲーム構造の組み合わせでは、より一層窮屈になるだけですしね。
同人だからノベルでしか作れなかったのかもしれませんが、少なくともノベルが最適な手法とは思えません。
<評価>
同人ゲーでしか作れない作品というのもあり、そういう作品であれば欠点があっても高く評価します。
本作は逆であり、もっと相応しいゲームデザインはあるにもかかわらず、同人であるがゆえにノベルとして妥協せざるをえなかったともいえ、同人としての悪い側面が出てしまったと言えます。
ただ、純粋に読んでいる分には面白いのも確かであり、とりあえずシナリオさえ良ければ構わないというのであれば、十分にオススメできる作品ではあるのでしょう。
まぁこういう作品こそ、大手と組んでCSとかでリメイクしたら、凄く化けて面白くなる可能性があると思うのですけどね。
ランク:C-(佳作)

Last Updated on 2024-09-26 by katan

